最速の4人を集めても、最速のチームにはならない? 朝原宣治さんに聞く「速いチーム」のつくり方

コーポレート
トラックを走る朝原宣治さん

陸上100mで日本のトップ選手として「速さ」を追求し、4×100mリレーではチームとして世界と戦ってきた朝原宣治さん。
もっと速くなるために、何を変え、どんなことに時間をかけてきたのでしょうか。そして、一人ひとりの速さを「チームの速さ」につなげるために必要なものとは?
トップアスリートが追求してきた「速さ」から、LINEヤフーのバリュー「スピード10倍」を考えてみました。

2026年4月、LINEヤフーは新しいバリューとして、「スピード10倍」「No.1への執念」「破壊と創造」を掲げました。この連載では、そのバリューを体現する企業やリーダーに話を聞き、変化の時代を切り拓くヒントを探ります。

元陸上競技選手の朝原宣治さんのプロフィール写真
朝原 宣治(あさはら のぶはる)さん
元陸上競技選手。オリンピック4大会連続出場、2008年の北京五輪4×100mリレー銀メダリスト。現在はNOBY SPORTS CLUBを主宰し、スポーツを通じた次世代育成などに取り組む。Yahoo!ニュース エキスパートとしても活動中。

速くなるために、あえて休む?

――現役時代、ご自身がもっと速くなるために、どのようなことに取り組んでいましたか?

トレーニングプログラムを工夫したり、個人に合わせて動きを見直したり、体のメンテナンスをしたり、いろいろなことに取り組んでいましたね。
トレーナーやドクターなど専門家の力も借りながら、定期的に課題を見つけて改善していく。練習だけでなく、食事や睡眠など、いろいろな要素を把握しながら、決められた期日に成果を出せるように取り組んでいました。

ただ、結果が出たとしても、何が良かったのか、本当のところ全てはわからないんです。トレーニングを変えたことが効いたのかもしれないし、別のことが影響していたのかもしれない。
そういうのを全部トータルして徐々に自分が良くなっていくのを感じながら、「外れをなくしていく」作業をしていました。

年齢を重ねるほど、その精度は上がっていくんです。でも、体力は落ちるので、そこも考えながら、できなくなったことの代わりに何をやるのか。そういうことも考えていかないと、競技力を維持するのは難しいですよね。

リレー走者として走る朝原さん

――自分に合った方法を「選ぶ力」は、生まれ持った素質によるものなのでしょうか。それとも、経験によって身につくものなのでしょうか。

両方あると思います。もともとの素質もありますし、経験によって身に付く部分もあると思うんです。

たとえば、自分ではわからないことでも、周りに冷静に見てくれる人がいて、「今こうなっているから、こうしたほうがいいんじゃないか」とアドバイスをもらう。それを素直に聞くことを繰り返していると、だんだん「ああ、こういうことなのか」とわかり始めることがあります。
ただ、アドバイスがすべて自分に合うとは限りません。相性もありますし、正解がない世界なので、どれを取り入れるかというのもすごく難しいんですよね。
僕の場合は、周りの人のアドバイスを、自分のパフォーマンスにうまく生かせるような受け取り方ができるセンスがあったので、長い間けがをせずに競技を続けられたんだと思います。

――速く走るために、現役時代に特に時間をかけていたことは何ですか?

笑い話じゃないんですけど、以前、僕が所属していた会社の上司が日本代表の合宿を見に来たことがあったんです。上司は、僕らが長時間ずっと走り込んでいると思っていたようなんですが、シーズン中だったので実際には、日陰で休んでいる時間のほうが長いんですよ(笑)。

なぜかというと、練習の質を落とすのが一番良くないからです。質を保ったまま決められた本数を走るためには、十分な休憩時間が必要なんです。
でも、上司はそんなに休んでいるとは思っていなかったようで、「せっかく見に来たのに、おまえらは何もしないな」と(笑)。

実際、集中して練習できる時間は限られているので、トラックで走っている時間は意外と短いかもしれません。それよりも、体のメンテナンスや休養、リカバリーに時間をかけていたと思います。

――長く練習すればいいわけではなく、休み方も大切なんですね。

そうなんです。休みすぎても駄目ですし、休憩が短すぎても次の練習の質を保てません。
練習の目的は、パフォーマンスを上げることです。質の低い練習をいくら長時間続けても、パフォーマンスは上がりません。

一番いいのは、すごい質で長時間できることですけど、人間なので、それはできない。だから、一番いいところ、ぎりぎりのところを攻める、みたいな。

リレーのバトンパスの様子

写真はイメージです

最速の4人を集めれば、最速のチームになりますか?

――100mの個人競技と4×100mリレーでは、「速さ」に対する考え方に違いはありますか?

まず、個人としてしっかり実力を持っていることが基本です。チームを組めばなんとかなる、ということではありません。一人ひとりが世界で戦えるだけの実力を持っていること。やっぱり個がちゃんとした上で、チームワークなんですよね。

――では、100mのタイムが速い上位4人を集めれば、最速のリレーチームになるのでしょうか?

速い選手が集まった上で、どう力を発揮できるかですね。たとえばアメリカは、個々の選手の能力が非常に高いので、バトンがうまくつながれば、ものすごいパフォーマンスを発揮します。ただ、僕の記憶では、バトンパスなどで失敗することもかなり多い。だから、個人の実力だけでなく、バトンパスの精度を高めることも大切です。

また、メンバーの組み合わせや走順によって、戦い方を工夫することもできます。

たとえば、直線を走る第2走者と第4走者の実力が足りないと、世界と戦うのはかなり厳しい。でも、カーブを走る第1走者と第3走者なら大きな差がつきにくく、まだ戦いようがあるんです。日本選手にはスタートが得意な選手や、カーブを走るのがうまい選手もいますから。
それぞれの特性を生かすことで、個人の100mのタイムだけでは測れない力を発揮できるんです。
だから、どこに誰を置くかというのも、すごく大事になってきます。

――2008年の北京五輪では、チームとして速くなるために、どのような工夫をされていたのでしょうか?

北京五輪のときは、それぞれの選手の特性に合った走順になっていたと思います。
第1走者の塚原は「特攻番長」で、最初から思い切っていってもらう。リレーでは、最初に前のほうにいないと、途中で順位を上げるのは難しいんです。
だから、最初に前のほうにつけて、その順位をずっと維持する。もうそれしかなくて、最後はアンカーの僕がどこまで耐えられるか、みたいな感じでしたね。

リレー走者として走っている朝原さん

――以前のインタビューで、「リレーチームとしてまとまりすぎると、個人の力が伸びなくなることもある」とお話しされていました。個人が速くなることと、チームとして強くなることは、どう両立すればいいのでしょうか?

それが非常に難しくて...。僕が引退した後、一時期「日本代表のリレーチームに入ればメダルが取れる」という共通認識のようなものがあったんです。
そのころは、リレーのメンバーになること自体が目的になってしまうことがありました。そうなると、個人として世界で戦う選手が出てきにくくなる。「集まればなんとかなる」という考え方に振れていた時期があったと思います。

でも、それではいけないということで、今度は個人の実力を重視するようになりました。最低でも世界大会やオリンピックの準決勝まで進めるくらいの力がなければ、メンバーがそろっても世界とは戦えない、という考え方です。
個人の実力を高めることと、リレーのチーム力を磨くこと。その両方のバランスが良かったのが、2016年のリオ五輪のころだったかもしれません。

ただ、今は個人のほうにものすごく振れています。世界大会に出場するには、参加標準記録を突破するか、世界ランキングのポイントを獲得する必要があります。そのため、選手たちはそれぞれ国内外の大会に出て、ポイントを取りにいく。
以前は、代表候補を集めて冬場にリレーの練習や合宿を行いやすかったんですが、今はそれが難しくなっています。個人を重視せざるを得ない状況なんですよね。

――個人として結果を出した選手たちが、短期間でチームとしての力も発揮しなければならないんですね。

そうなんです。ちょっとぶっつけ本番に近いので、怖いところもありますね。

僕らのときは、特に2004年のアテネ五輪から2008年の北京五輪まで、ずっと一緒のメンバーでやっていたんです。第1走者が土江から塚原に代わっただけだったので、もうバトンパスなんてほとんど練習が要らないくらい、あうんの呼吸で、チームとして完成していたんです。

でも今は、選手が入れ替わり立ち替わり入るし、最後まで誰が選ばれるかわからない上に集まれる時間も短い。そこがすごく難しいですね。
極端な話、もし選考の制約がなければ、最初から実力のある若手選手を集めて、1年間同じメンバーで練習したほうが速いかもしれません。

朝原さんが子どもたちを指導している様子

速い人同士の力を「掛け算」にするには?

――では、チームとして結果を出すためには何が必要なのでしょうか?

やっぱり、選手が集まる時間、いろいろ試す時間がなさすぎるので、それをつくるしかないですよね。
短い時間でも密度の濃い練習をしたり、国内でリレーのレースを行う機会を増やしたりすることも必要だと思います。
ただ、単発でレースを行うのではなく、年間のスケジュールを立てて、どの時期に何をするのか、どの大会でどのくらいの状態を目指すのか。そういう計画をちゃんと示さないといけないと思うんです。

――確かに、優秀な人が集まったからといって、すぐにチームとして力を発揮できるとは限りませんよね。

そうなんですよね。やっぱり、タイムとか実力だけの問題じゃなくて、相性とか信頼関係ってすごく大事なので。そこを構築する時間がないっていうのは、実力を発揮する上で大きな問題かなと思います。

――今はAIなどによって、あらゆることのスピードが上がっています。そうしたなかで、信頼関係を築く時間も短縮できると思われますか?

昔に比べると、効率は良くなっていると思います。でも、やっぱり人間は生き物なので、変わらないところも多いんですよね。
人間関係を築いたり、実力を発揮できるようになったりするまでには、やっぱり削れない時間があるんだなと、最近は思います。
人との接し方を工夫することはできるかもしれません。でも、実際に会って、一緒にやらないとできないこともたくさんあります。そこは効率化できても、なくすことはできないと思います。

――スピード10倍というと、100mを1秒で走るくらいの速さですが(笑)。もし今、取り組んでいることのスピードを10倍にできるとしたら、何を速くしたいですか?

それはとんでもないスピード感ですね(笑)。

たとえば、僕が運営に関わっているスポーツクラブには、約700人の会員がいます。会員をもっと増やせれば、地域の活性化にもつながると思うんです。
ただ、会員を増やせばコーチや管理体制も必要になる。組織の方針や制約もあるので、僕一人の考えで進められるわけではありません。
もし10倍のスピードを実現できるなら、効率化して、組織をもっと強くして、会員も増やしていく。そういう絵を描ける人がいたらいいなと思います。

子どもたちを指導する朝原さん

現役時代の経験は、現在の仕事にも生きているという朝原さん。「アスリートは決められた期日に結果を出さなければならないので、そこに向けて何をすればいいか、道筋を考える感覚はあるかもしれません」

――では、仕事や組織でスピードを上げるためには、何が大切なのでしょうか?

速い人と速い人が集まって、ちゃんと掛け算になればいいですよね。でも、速い人が集まっているのに、なんかうまくいかない、みたいなこともあるじゃないですか。それでは効率が悪いですよね。

今、僕は日本マスターズ陸上競技連合の会長として、各地域の連盟の方々と関わっています。
それぞれの団体には立場や考え方があって、必ずしも関係がうまくいっているとは限りません。
でも、僕が実際に現場へ行って、一緒に話をすることで、ちょっと話が通じるんじゃないかと。何度もやりとりするよりも、みんなで集まって、それぞれの考えを持ち寄って、同じ方向を向く。そういうことがすごく大事だと思っています。

結局、人と人の間に「これをやりたい」とか「この人は信頼できる」とか、そういう気持ちが生まれないと、なかなか同じ方向を向いて頑張れないですよね。だから、まず会って話して、仲良くなるのが速いんじゃないかな。速さで言うと。

もともと知識やスキルを持っている人はたくさんいるはずなので、その人たちが協力できるようになって、みんながやる気を出したら、人掛ける人で、倍速になるかもしれないですよね。

スーツを着た朝原さんがお話されている様子

「速いチーム」をつくる3つのヒント

1) 速くなるために、あえて休む
長時間練習することより、練習の質を保つことが大切。休養やリカバリーも、成果を出すために必要な時間。
2)個人の力を磨き、チームで生かす
優秀な選手を集めるだけでは、最速のチームにはならない。一人ひとりの実力を高めたうえで、特性に合った役割や組み合わせを考える。
3)信頼関係を築く時間は、省略できない
効率化できることはあっても、実際に会って、一緒に取り組まなければ築けないものがある。互いを理解し、同じ方向を向くことがチームの力になる。

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取材日:2026年10月14日
文:LINEヤフーストーリー編集部 
※本記事の内容は取材日時点のものです

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