戸惑うミドル世代こそ日本企業の宝 松尾研・金副社長が語る、AI時代の戦い方

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松尾研究所のロゴが見える室内で、スーツ姿の金剛洙さんが正面を向いて立っている。左下に「LINEヤフーストーリー」の文字が表示されている

生成AIの活用が広がるなか、人に代わってさまざまな仕事を進める「AIエージェント」が注目されています。

一方、世界に目を向けると、米国や中国では巨額の投資と膨大な人材を背景に、AI開発と社会実装が急速に進んでいます。かつてロボットやものづくりで世界をリードした日本は、この変化にどう向き合うべきなのでしょうか。

AIの社会実装を推進する松尾研究所の金 剛洙取締役副社長に、AIエージェントが仕事や企業をどう変えるのか。日本が置かれている状況や、私たちが今からできることなどを聞きました。

金さんが強調したのは、「負けている事実を認めた上で、追いかけ続ける姿勢」の大切さ。そして、AIに不安を感じやすいミドル世代こそ、日本企業にとって大きな可能性を持つ存在だと語ります。その真意とは?

スーツ姿の金剛洙さんのプロフィール写真。短い黒髪で、穏やかな表情を浮かべて正面を向いている
金 剛洙(きむ かんす)さん
松尾研究所 取締役副社長。東京大学大学院修了後、シティグループ証券に入社し、日本国債・金利デリバティブのトレーディング業務に従事。その後、2020年から株式会社松尾研究所の立ち上げに参画。データサイエンティストとしてAIモデルの開発を経験した後、新規事業の立ち上げなどを担当。現在は経営全般を担う。

人間にしかできなかった仕事を、AIが担い始めた

――金さんは、東大の大学院を出た後、証券会社からAIの世界へ転身されています。どのようなきっかけがあったのでしょうか?

証券会社の仕事自体は面白かったのですが、働いていた時期に、自分のキャリアを考える上で大きな出来事が二つありました。

一つは、囲碁のトップ棋士がAIに敗れたこと(※1)です。それまでは、AIの影響を受けるのは一部の作業だと考えていましたが、複雑な判断を伴う領域でも人間を上回る可能性が見えてきました。

もう一つが、現在の生成AIの基盤につながるTransformerという技術の登場(※2)です。証券会社には知的な仕事が多くありますが、その領域もいずれAIが担う時代が来るだろうと、ほぼ確信しました。

大学院時代には松尾豊教授の講義を受けていましたし、その周辺からAI関連の事業が立ち上がり、大きく成長していく様子も見ていました。これからは自分のキャリアをAIの方向へ傾けた方がいい。そう考え、2020年から株式会社松尾研究所の立ち上げに加わりました。

※1:2016年、グーグル傘下のディープマインドが開発した囲碁AI「AlphaGo」が、韓国のトップ棋士イ・セドル九段を破った。
※2:2017年、グーグルの研究者らが発表した、現代の生成AIや大規模言語モデル(LLM)の根幹を支えるAIアーキテクチャ(設計構造)のこと。

――AIエージェントが広がることで、私たちの仕事はどう変わるのでしょうか?

非常に大きいのは、AIが、私たち人間が普段行っているような仕事を担えるようになったことです。

従来のプログラムは、決められた入力に対して、決められた出力を返すことを得意としていました。一方、想定していない情報が入ってきたときに判断したり、情報を編集して別の成果物に変えたりする仕事は、主に人間が担ってきました。

AIエージェントは、その領域に入り始めています。

最初に大きな影響を受けた職種の一つが、エンジニアでしょう。以前は、正しいコードをどれだけ書けるかがエンジニアの価値の一つでした。しかし今では、自然言語で指示すれば、AIが大量のコードを生成します。

そのため、エンジニアの役割も、自分でコードを書くことから、AIにどのようなものを出力させるかを設計し、AIと対話しながら修正していくことへ変わりつつあります。

ただし、AIとの最適な働き方は、まだ定まっていません。新しい使い方を試す人が手法を発信し、それを別の人が試して改善する。世界中で今、エンジニアとAIの関係が急速に再定義されています。

会議室のテーブルに座る金剛洙さんの写真。スーツ姿で両手を組み、横を向きながら話している

日本はすでに遅れている。その事実を認められるか

――AI開発では米国や中国が先行しているという認識で合っていますか。日本が遅れている背景をどう見ていますか?

そうですね。一つには、エンジニアの数がそもそも足りていないことがあります。日本では少子化の影響で大学を卒業する人自体が減っていますし、理工系人材の比率ももともと高くありません。さらに、優秀な理工系人材が製造業などへ一定数進むため、ソフトウェア産業に入る人数が限られます。

世界中から人材が集まる米国や、国内に膨大な数の理工系人材を抱える中国とは規模が大きく違います。

加えて、ベンチャーキャピタルやファンドなどが、どれだけリスクマネーを供給できるかという点でも、日本はリスク許容度が低いため、米中に後れを取っています。

正直に言えば、AI分野への投資規模、スタートアップの層の厚さなどを見ると、日本はすでに大きく負けていると思います。

――金さんは、中国のAIやロボット開発、いわゆるフィジカルAIの現場も視察されたそうですね。

はい、中国では、警備や消防など、考え得るさまざまな領域でロボットを動かそうとしています。もちろん、ロボットが暴走したり、安全面の課題が生じたりすることもあります。それでも、リスクを理解した上で、まず動かしてみる。あらゆる可能性を試し、その中から成功するものを見つけようとしていました。

今の米中の強さを生んでいる理由の一つは、この試行回数の多さだと思います。こうしたカルチャーの違いは、たとえばロケット開発の比較でも象徴的です。

日本は安全性や完成度を重視しますが、それ自体はとても大切です。特に人命に関わる領域では、慎重であるべきでしょう。

しかし、重大なリスクが生じない領域まで動きを止めてしまえば、試行錯誤の回数が減ります。AIは変化の速度が非常に速いため、日本が検討を重ねている間にも、他国では実践から新しい知見が生まれていきます。

さらに、米国や中国だけを見て「もう追いつくのは難しい」と考えるのではなく、韓国、台湾といった近隣のアジア諸国にもAI投資や社会実装のスピードなどで、後れを取っている可能性もあります。その現状も冷静に直視する必要があります。

――すでに遅れている中で、日本はどのように追いかければよいのでしょうか?

少し根性論のように聞こえるかもしれませんが、「もう勝てない」と匙を投げれば、あとは離され続けるだけです。そうなれば、エンジニアも海外に流出するでしょうし、国内で育たなくなります。

負けていることを認めた上で、愚直に追いかけ続ける。その姿勢やファイティングスピリッツが、今の日本には必要だと感じています。

会議室で金剛洙さんが片手を前に伸ばしながら説明している写真。スーツ姿で身振りを交えて話している

守るべきところを守り、小さく速く試す

――日本企業は、どこからAIエージェントの活用を始めればよいのでしょうか?

型がある程度決まっている仕事は、AIが得意とする領域です。例えばバックオフィス業務や、電話、チャットによる問い合わせ対応などは、AIエージェントを活用しやすいでしょう。

こうした領域では、海外製のAIを使っても構いません。まず導入してコストを下げることで、企業の利益体質を改善できます。そこから、今度は新しいサービスや商品の開発につなげていきたいですよね。

従来のAI開発では、実現可能性を検証するPoC(Proof of Concept:概念実証)に半年ほどかかることもありました。長い時間と予算をかけた後で、期待する精度が出ないと分かるケースもあります。

生成AIの登場によって、この検証期間は劇的に短くなりました。成功するか、失敗するか。実運用へ進むか、やめるか。そうした判断を以前よりも速く繰り返せます。

AIエージェントは、大企業だけのものではありません。エンジニア一人でも試せますし、エンジニアでなくても、少し学べば試せるところまでハードルが下がっています。

最初から大規模な仕組みをつくろうとせず、重大な情報を扱わせないなど範囲を決めた上で、まず動かしてみることが大切です。

――速さが重要な一方で、多くのデータを持つ企業の場合、安全性やセキュリティも重要になります。

安全性の設計や、セキュリティリスクをどう管理するかは非常に大切です。そこをしっかり固めるからこそ、現場も安心して使えます。良い事例が生まれ、活用のスピードも上がるという好循環が生まれます。

ただし、ルールを重くしすぎれば、できることが少なくなります。反対に、極限まで緩めれば、情報漏えいなどのリスクが高まります。

守るべきところを守りながら、試す速度を落とさない。そのバランスが重要です。

会議室で金剛洙さんが両手を広げながら話している写真。スーツ姿で横を向き、説明するように身振りを交えている

AIに戸惑うミドル世代は「日本企業の宝」

――企業の中でAI活用を広げる際、どの層が鍵になるのでしょうか?

経営陣は「AIを活用しよう」と呼びかけます。若い社員には、学生時代から生成AIを使ってきたAIネイティブ世代も増えています。

その間にいるミドル世代は、日々多くの仕事に追われがちです。部下の面倒を見ながら、さまざまな承認を行い、さらに「AIも使ってください」と求められる。新しいものを学ぶ時間を確保しにくく、仕事を奪われるのではないかという不安もあります。

しかし、本当はこの層にこそ、AIを使ってほしいと思っています。

――AIに慣れた若い世代ではなく、なぜミドル世代なのでしょうか?

見方を変えれば、ミドル世代は日本企業にとって「宝」です。

若い世代はAIネイティブである一方、AIが多くの作業を担うようになれば、従来のような業務経験を積む機会が少なくなる可能性があります。

ミドル世代は、営業の現場、社内調整、議事録の作成といった、泥臭い仕事を実際に経験してきました。もしかすると、幅広い業務を自分の手で経験した、人類史上最後の貴重な世代と言えるかもしれません。

その人たちが、自分の持つ業務知識をAIに生かし、AIに任せたり、仕事を高度化したりできれば、非常に大きな付加価値を生み出せます。

これはミドル層には限りませんが、社内に、AIで自分の仕事を効率化するだけでなく、「みんなも使ってみよう」と周囲を巻き込める人がいることも重要です。大企業ならそうした人を各所に増やし、中小企業なら一人か二人でも育てる。AIを前向きに広げる人がいる組織は、強くなるでしょう。

スーツ姿の金剛洙さんを横から捉えた上半身写真。会議室で前方を見ながら話している

AI時代、人の価値は「分析」から「行動」へ

――AIエージェントの普及によって、企業経営も変わりますか?

今後は、人とAIエージェントの両方をマネジメントする必要があるでしょう。

現在、多くの企業では、人は人事部門が管理し、AIなどのシステムはIT部門が管理しています。しかし、どちらも仕事を担う存在だと考えると、将来的には統合的に管理する必要が出てくるはずです。

AIエージェントへの投資と人への投資をどう配分し、事業全体を最適化していくのか。まだ答えはありません。経営者がこれから真剣に考えなければならないテーマです。

――人に求められる能力は、どのように変わるのでしょうか?

私たちの世代は教育を通じて、物事を理解し、分析する力を長く鍛えてきました。しかし、そうした分析の多くを、AIが担えるようになっていくでしょう。

今後、大切になるのは、分析結果をもとに実際に行動する力です。行動すれば、失敗することもあります。それでも、結果から学び、次の行動につなげる。このサイクルを回せる人の価値が高くなります。

さらに、事業を動かすには他者を巻き込まなければなりません。人は感情で動く側面があるため、人に好かれ、周囲を明るくしながら前へ進められる人が、これまで以上に重要になると思います。

――そうしたAIエージェント時代、多くのユーザー接点を持つLINEヤフーには、どのような可能性があると考えますか?

ユーザーとの日常的な接点を持っていることは、AIエージェント時代にとても大きな競争優位性になります。

今後、生成AIを提供する企業は、さまざまな事業領域へ進出する可能性があります。ユーザーが日々の悩みをAIに相談するようになれば、その人の生活に合わせて、よりカスタマイズした商品やサービスを提案できるからです。

日本で多くの人に利用されているサービスを持ち、日常のさまざまな場面に接点があるLINEヤフーには、AIを通じた新しいサービスや価値を生み出せる可能性があります。

一方、海外で新たに性能の良いAIモデルが登場したときに、それを早く取り入れるだけでは、世界のトップを走ることはできません。その先のサービスや新しい価値を、自ら生み出せるかが問われます。

――最後に、AIに不安を感じ、何から始めればよいか分からない方へメッセージをお願いします。

厳しい言い方になりますが、やらなければ取り残されるだけだと思います。これから、AIを当たり前に使ってきた若いAIネイティブ世代が、次々と社会に入ってきます。

ただ、焦って自分たちの経験を否定する必要はありません。

これまで泥臭い仕事を経験し、現場を知っていることは大きな強みです。その知識や経験をAIと組み合わせることで、若い世代だけではつくれない価値を生み出せます。

AIを使うか、使わないかを考えている間にも、世界では試行錯誤が繰り返されています。日本が持つものづくりの知見、サービスの品質、現場の経験を生かすためにも、まずは安全に試せる範囲を決め、動かしてみることです。

「もう遅い」と諦めるのではなく、遅れているからこそ追いかける。失敗を恐れて止まるのではなく、小さく試し、学び、次の行動につなげる。

まずは安全に試せる範囲からでも、一歩を踏み出し、動き続けることが大切です。

会議室で金剛洙さんが両手を組みながら話している写真。手前にはノートパソコンがあり、横を向いて落ち着いた表情を見せている

取材日:2026年8月28日
文:LINEヤフーストーリー編集部 撮影:倉増崇史
※本記事の内容は取材日時点のものです

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