2026年4月、LINEヤフーは「スピード10倍」「破壊と創造」「No.1への執念」を掲げました。この連載では、さまざまな分野でそのバリューを体現する人や企業に話を聞き、変化の時代を切り拓くヒントを探ります。
今回「破壊と創造」をテーマに話を聞いたのは、LINEヤフーのバックエンドエンジニア、中野修平。入社3年目に「技術だけではシステムは変えられない」という苦悩を経験した中野は、技術の追求にとどまらず、関係者との対話や合意形成にも向き合い、より良いユーザー体験を形にしようとします。
新卒入社の同期とチームを組んでAIエージェント開発のタスクフォースに参加し、1位を獲得した中野。組織の壁を越え、自らの手で新たな価値を生み出すために大切にしていることを聞きました。
エンジニアを目指すきっかけは、高校生のときにSpaceXを見て衝撃を受けたことです。
私の両親は、ロケットを作る会社で何十年も働いてきました。だから、私が知っていたロケットは「国家予算を使って、国の研究機関と重工業メーカーが何社も力を合わせ、長い年月をかけて開発するもの」でした。そういうものだと、疑ったこともなかったんです。
高校2年生の夏、ケネディ宇宙センターに行く機会がありました。そこで目に飛び込んできたのが、「SpaceX」と書かれた大きな建物です。国家が何十年もかけてやってきたロケットの打ち上げを、創業からたった13年のスタートアップがやってしまっている。
その建物を見上げながら、脳を焼かれるような衝撃を受けました。前提だと思っていたものが、まったく前提ではなかった。エンジニアリングの力でインパクトのあるものを作り、社会に破壊と創造をもたらす。それが猛烈にかっこよく見えて、エンジニアの道を志すようになりました。
宇宙開発のようなディープテックは長い時間をかけて取り組む仕事ですが、ユーザーの反応を見て改善を繰り返せるソフトウエア開発の方が自分の性に合っていると思ったからです。
就職活動の軸は「どれだけ多くのユーザーに良いものを届けられる環境か」でした。LINEなら、自分が信じたものを一気に数百万人、数千万人に届けられる。この「看板」でレバレッジを効かせられるのは、大きな魅力でした。
そうです。他の人に思わず教えたくなるような初めての感動のことをLINEヤフーでは「WOW」と呼ぶのですが、私が惹かれるのは、技術を使ってユーザーにどんなWOWを届けられるかです。私にとって良いコードは、それを成立させるコードです。きちんと動いて、十分な速さが出て、持続可能である。そのために何を書くかを、いつも考えています。
はい、LINEのタブを刷新するプロジェクトでの経験です。LINEのタブを作れること自体なかなかない機会なので、かなり張り切っていました。
私はバックエンドの担当でしたが、「既存のシステムは一度すべてなくして、社内の新しい仕組みで作り直す」ことを提案していました。
ですが、結果としてその提案は却下されました。
仕組みをゼロから作り直すリスクとコストを、私が計算できていなかったからです。
既存のタブには広告面から一定の収益がありました。その他にも、これまでに作ってきたログやメトリクスの収集の仕組み、クーポンやキャンペーンなどの機能もありました。それを作り直していては、刷新のリリースまでに間に合わない。大きく作り直すには、その先にどんな価値があるのかを示し、移行に伴うリスクやコストも含めて、実現できる計画を立てる必要があります。
ものごとを大きく変えるには、こういう経営判断の重みが伴います。すべてを刷新するのが正義ではなく、それを上回る価値と移行のリスクを計算し、計画とリソースをそろえなければなりません。エンジニアが技術的見地から「やりましょう」と言うだけで動く類のものではないんですよね。
現場から、もっと速く改善できるようにしたかったからです。
そのタブは歴史が長く、ステークホルダーが国をまたいで増えていました。エンジニアが1つ修正を入れるだけでも、複数のチームとの調整が必要です。ちょっとした改善も、すぐには出せません。
このままでは、どれだけ良いアイデアがあってもスピードは上がらない。自分たちのチームで責任をもって、意思決定から実装まで完結できるようにすべきだと考えての提案でした。
技術以外の仕事も全部やる、というマインドセットになりました。
社長の出澤さんが、「組織の原点って、いかにみんなで力を合わせてマンモスを倒して、そのマンモスをどう配分するかっていうマネジメントの話」と言っていたことがあります。
今回の件でいうと、タブの各ステークホルダーには、それぞれユーザーに提供してきた価値や、事業を支えてきた役割という「肉」があります。タブをすべてリニューアルしたら、それらの肉が新たにどう配分されるようになるのか。それを見ずに、技術的な正しさだけで押そうとしていたのが私です。それでは組織にとって最適な提案になっていないですよね。
刷新後にそれらをどう引き継ぎ、さらに良くしていくのか。そこまで考え、関係者と話し合い、実現可能な形を探る。そういう泥臭い仕事を誰かが本気で引き受けないと成し遂げられないと思いました。日々泥臭い調整をしている企画の方々からすれば、当たり前のことかもしれませんが。
より大きな裁量をもって良いものを作りたいと思ったからです。
タブで経験した通り、既存のものを大きく変えることは、合意形成に全力を尽くしてもかなり時間がかかります。ですが、全く新しいプロジェクトなら、「何を作るか」から自分たちで決められます。タブで必要性を痛感した「技術以外の仕事も全部やる」スタンスを、今度は自分たちで意思決定できる場で、最初から実践してみたかったんです。
主な役割は、システム全体の設計とバックエンドの開発です。
私たちのチームが作ったのは、LINE上で動く「日程調整エージェント」です。8人のチームの中でエンジニアは3人で、フロントエンドが1人、LLMのAPIを呼ぶサーバーの担当が1人で、私はそれ以外の部分、「エージェントらしさ」をつかさどるところを担当しました。たとえば、日程調整の作成と集計、AIによるリマインド、全員の回答がそろわなかったときに再調整をかけるかどうかの判定などです。
1カ月のタスクフォースで、30機能くらいプロトタイプを作っては壊して、を繰り返しました。
たとえば「完全自動調整」「シフト表などの画像から自動入力」「必須参加者の指定」などの機能は、社員食堂でアンケートをした結果人気だったので作ってみたのですが、実際に使ってもらうと全然刺さらない。それでボツにしました。
「破壊と創造」といいますが、「これでは創造と破壊じゃないか」とチームメンバーに笑われました(笑)。
もちろんわずかにはありますが、その気持ちを理由に機能を残したことはありません。苦労した量と、ユーザーが使ってくれるかどうかは関係がないですから。
そう思うようになった経験のひとつが「完全自動調整」です。アンケートで一番人気だった機能で、とりあえず全部を自動でやってくれる。私も「これはウケるはずだ」と自信満々で作りました。完成したプロトタイプを5人に使ってもらったら、「いろんな機能が混ざりすぎていて逆に使いづらい」「いつ使えばいいのか、使いどころが全くわからない」という反応が多かった。
こういう経験を繰り返すうちに、ユーザーが口で「欲しい」と言う機能と、実際に触って使う機能は別なのだと分かってきました。判断の材料になるのは自分の自信ではなく、触ってもらった結果だけです。だから一発では当てられない前提で、作って壊して、を繰り返す。それが良いものに近づく一番確実な方法だと思っています。
「ボツにするか、残すか」ではあまりもめなかったですね。技術やデザインの議論は平行線になることもありますが、ユーザーの反応はチーム内で何よりも重視しています。自分たちが良いと思った機能でも、その形では使いづらかったり、使いどころが伝わらなかったりする。そうした結果を受けて、いったん機能を外し、次のアイデアを試すという判断基準は、意見がそろっていたんだと思います。
とにかく、チーム全体がユーザーに価値を生むのかに集中していたことだと思います。
何かの意思決定のたびに「それはユーザーにとって価値があるのか?」と誰かが言い出して、毎日チーム内で議論していました。
また、ユーザーテストとそれを受けた改善を100回以上繰り返しました。社員食堂の出口で、チームメンバーと一緒に、知らない社員に声をかけて、画面を見せ、アンケートに回答してもらう。私は社員食堂で30人連続で断られたこともあったのですが、それでもめげずに声をかけ続けました。
最初は多くのユーザーに驚きや感動を届けたいという気持ちで始めたのですが、次第に「極限まで磨かねばならない」「絶対にコンペに勝たなければならない」という思いに取りつかれていきました。
もっと仕様を良くせねば、もっと良い体験を、新しい機能を。朝起きてから夜寝るまでそればかり考えるようになって、そのうち夢の中でまで日程調整のフローを見るようになりました。このように夢に出るようになってくると「エンジンがかかってきた。始まったな」という感じになります。
そうですね。ただ、当時の自分は他の人から見ると危うかったと思います。セルバンテスの「ドン・キホーテ」に、主人公が風車を巨人と勘違いして、槍(やり)を持って突っ込み、風車に吹っ飛ばされる有名な場面があります。読んだときは爆笑していたのですが、あの頃の自分はそんな感じでした。
毎日「勝たねば」と思って突っ込んでいるのに、何を倒そうとしているのかが自分でも分かっていない。他のチームなのか、他の日程調整サービスなのか、それともまだ作れていない「もっと良い体験」なのか。とにかく、見えない敵とずっと戦っているような感覚でした。チームメンバーにも心配されていました。
ただ、私にとっては「夢に出てくること」が本気で集中していることを示すシグナルなんです。
「Agent i」の日程調整エージェントとして、LINEでのリリースに向けて開発を続けています。
プロトタイプは、数十人のLINEヤフー社員に使ってもらえれば十分でした。ですが、LINEのユーザーに届けるとなると、話がまったく違います。法務やセキュリティの審査を受け、LINEのトークを担当するチームをはじめ多くの部署と調整を重ねました。データをどう扱うか、既存のトークの体験を壊さないか。ひとつひとつ説明し、合意を取り、実現できる形に落としていく。タブのときに「これをやらなければ壊せない」と思った泥臭い仕事を、今度は自分たちの手でやって、なんとかリリースが見えてきたという感じです。
※「日程調整エージェント」は、取材後の2026年10月5日に提供を開始しました。(編集部注)
自分の場合は、「こうあるべきだ」という理想と、現状とのあいだにある乖離(かいり)への違和感が原動力です。
私は、プロダクトに対して「本来こうあるべきだ」という思いをもつことが多いです。「もっと早くユーザーに価値を届けなければ」と考え、調整に時間がかかったり、改善をすぐに届けられなかったりすると、もどかしさを感じることがあります。その気持ちが、社内調整やユーザーテストなどをやりきろうという力になっています。
もっと多くの人に、より良い体験を届けられるような変革に挑みたいです。
タスクフォースで作っては壊しを繰り返したのは、社内コンペに向けたプロトタイプでした。何千万人もが使っているものを壊して作り直すのは、比べ物にならないくらい難しい。私にはまだ、その規模のものをやりきった経験はありません。
そこに手が届くようになって、LINEヤフーのミッションである「WOW Our Users!」をより大きな規模で実現したいですね。
取材日:2026年8月25日
文:LINEヤフーストーリー編集部 撮影:日比谷 好信
※本記事の内容は取材日時点のものです
