応援を攻撃に変えないために。アスリートと専門家が考える、誹謗中傷を減らすためにできること
応援していた選手が負けたとき、その悔しさが選手への攻撃に向かうことがあります。なぜ、応援していたはずの相手を傷つけてしまうのでしょうか。そして、誹謗中傷を減らすために、私たちに何ができるのでしょうか。
前編では、卓球の五輪金メダリスト・水谷隼さんに、SNSで受け取った応援の言葉や傷ついた言葉、「応援と誹謗中傷の境界線」について聞きました。
後編では、日米で活躍した元プロ野球選手の上原浩治さん、競泳元日本代表の萩原智子さん、精神科医の井上智介さん、弁護士の岡野武志さん、LINEヤフーの政策渉外担当・松本が、それぞれの立場から考えます。
アスリートの経験、言葉を発する側の心理、法的な判断、傷ついた人への寄り添い方、そしてプラットフォームの責任。誹謗中傷を減らし、応援やリスペクトの言葉を増やすために、私たちにできることを探ります。
- 上原浩治(うえはら こうじ)さん
- 元プロ野球選手。読売ジャイアンツで投手として活躍後、メジャーリーグに挑戦。ボストン・レッドソックスではワールドシリーズ制覇に貢献した。日本代表としてオリンピックやWBCにも出場。現在は野球解説者、Yahoo!ニュース エキスパートとしても活動中。
- 萩原智子(はぎわら ともこ)さん
- 元競泳日本代表。シドニーオリンピック女子200メートル背泳ぎで4位入賞。現役引退後は、スポーツアドバイザーとして、スポーツ団体等の役員を務めながら、メディア出演や講演活動等も行っている。山梨・福島・愛知で萩原智子杯水泳大会を開催。水の大切さと感謝の思いを伝える「水ケーション」にも注力。Yahoo!ニュース エキスパートとしても活動中。
- 岡野武志(おかの たけし)さん
- 弁護士。アトム法律事務所弁護士法人代表。インターネット上のトラブルを含む法律問題について、SNSや動画などを通じた情報発信にも取り組んでいる。
- 松本健太郎(まつもと けんたろう)
- LINEヤフーにおける政策渉外(メディア、広告、コミュニケーション領域)の責任者。インターネット上の表現と利用者保護、投稿型サービスの運営に関する渉外などを担当。
傷つける言葉、支える言葉
――現役時代、ファンやメディアからの厳しい言葉をどのように受け止めていましたか? 逆に力になった応援はあるでしょうか?

上原さん
ジャイアンツという、日本では特に注目される球団にいたので、登板すれば新聞の一面に出る。打たれれば厳しく書かれる。それはプロであり、「ジャイアンツだから仕方ない」と考えていて、当然、メディアの言葉をすべて誹謗中傷だとは思っていませんでした。
ただ、ファンからの「もうやめろ」「死ね」といった言葉はきつかったですね。ファンレターにかみそりが入っていたこともありますし、自宅を知られ、家の前に人がいたこともありました。家族もいますし、家の前に人がいるというのは本当に怖かったですね。
一方で、「上原さんの活躍のおかげで、不登校だった子が学校に行けるようになった」というお手紙もいただきました。自分が好きで続けてきた野球が、知らない誰かの人生にとってプラスになる。それは野球を続ける大きな力になりました。
――萩原さんにも、忘れられない出来事などありますか?

萩原さん
シドニー五輪で4位となって帰国した時、初対面の方から「国の税金を使って行っているのに、メダルの一つや二つ取ってこなくてどうするんだ」と直接言われました。自分自身が一番悔しく、情けなく、どん底のような気持ちでいた時でした。その言葉は心に深く突き刺さり、しばらくは外に出ることさえ怖くなりました。
アスリートは結果が出なかった時、何も感じていないわけではありません。誰よりも悔しいのは本人ですし、自分自身を責めていることもあります。そんな時に投げかけられる言葉は、周囲が想像する以上に大きなダメージになることがあります。
一方で、それ以上に多くの温かい言葉にも救われました。苦しかった時、母から「智ちゃんはひとりじゃないからね。頑張っていること、お母さんは知っているからね」と言ってもらったことも、今でも心に残っています。言葉には、人の心を傷つける力もあれば、人を支え、もう一度前を向かせる力もあります。
――SNSの普及で、アスリートを取り巻く「言葉」の環境はどう変わりましたか?

萩原さん
私の現役時代にも誹謗中傷はありました。SNSによって誹謗中傷そのものが生まれたわけではないと思います。大きく変わったのは、「言葉の届き方」です。
以前は、直接言われたり、手紙やメールなどを通して目にしたりすることが中心でした。今は試合が終わった直後から、スマートフォンを開けば、会ったこともない人の言葉が選手本人に直接届きます。それが拡散され、大きな塊になって押し寄せることもあります。実際、パリ五輪の際には、出場していない私のところにも、シドニー五輪の成績を持ち出した心ないメッセージが届きました。

上原さん
ファンとの距離は間違いなく近くなりました。以前はファンレターなどが中心でしたが、今はSNSで直接言葉が届きます。言葉の暴力は、かみそりよりもきつい場合がある。
ただ、どんな言葉を「暴力」と感じるのかは、受け取る人によっても違うので、その境目は難しいと思います。
数々の記録を樹立しただけでなく、「ハギトモ」スマイルでもファンを魅了した萩原さん。(写真:アフロスポーツ)
応援はなぜ攻撃に変わるのか
――応援していたはずの選手が期待通りの結果を出せなかった時、激しい攻撃に転じる人がいます。どのような心理が働いているのでしょうか?

井上さん
SNSやYouTubeによって、ファンとアスリートの距離はとても近くなりました。試合だけでなく、日常生活や家族についても知る機会が増え、選手を身近に感じられるようになっています。
その親密さから、選手の成功に「自分も貢献した」と捉える人がいます。動画を見た、拡散した、グッズを買った。そうした行動によって、自分が選手を支え、コントロールできるような感覚や、選手を自分の所有物のように捉える感覚が生まれることがあります。
すると、選手が期待通りの結果を出せなかった時に「裏切られた」と感じ、攻撃的な言葉につながることがあります。
――SNSという環境も、攻撃的な言葉を発しやすくすることに影響しているのでしょうか?

井上さん
匿名性は一つの大きな要素です。責任感が薄れ、「匿名だから何を言ってもいい」と考える人もいます。もう一つは、対面ではないことですね。相手の表情や、その場の空気といった反応がすぐに返ってこないため、強い言葉を書きやすくなります。
集団心理もあります。すでにきつい言葉が並んでいる場所では、「自分も言っていいだろう」と、同じような言葉を書き込みやすくなります。
さらに、強い言葉を投稿して「いいね」が付くと、自分の意見が肯定されたという成功体験になります。それが繰り返されると、投稿がエスカレートすることがあります。
――そのようなとき、周囲の人が「いいね」を押さない、拡散しないことにも意味がありますか?

井上さん
とても大切です。強い投稿に「いいね」を付けない、反応しない、拡散しない。周りの人が距離を保つことは、攻撃する側に成功体験を与えず、言葉を広げないために重要です。
――では、そうした「強い言葉」は、どこから法的な問題になるのでしょうか。プレーへの批評と、誹謗中傷の境界について教えてください。

岡野さん
一つの言葉だけで「ここからは違法」と線を引くのは難しく、どのような方法で発信したのか、繰り返し行われていたのかなど、全体の状況を踏まえて判断されます。法律上のキーワードの一つは「社会的相当性」です。つまり、その表現が社会通念上、許容される範囲に収まっているかという考え方ですね。
プレーについて「良かった」「まずかった」と論評することは、一般に論評の範囲に収まります。しかし、一線を越え、社会的に見て明らかにやりすぎと評価される場合は違法となり得ます。さらに悪質であれば、刑事罰の対象になる可能性もあります。
――上原さんのケースではいかがでしょうか?

岡野さん
たとえば、かみそりを送る行為は脅迫に当たり得ます。
一方、「死ね」といった悪質な言葉でも、一度書いただけで、直ちに刑事罰とすることが難しいケースもあります。当然、許されるという意味ではありません。
ただ、SNSでは一人に対して何百人もの人が同じ言葉を浴びせ、深刻な結果を生むことがあります。しかし、それぞれの投稿者が互いに意思疎通せず、別々に書き込んでいる場合、それらをまとめて一つの共同不法行為として責任を問うことは難しい。そこに現在の法律の難しさがあります。
メジャーリーグ挑戦後、ボストン・レッドソックスなどで活躍された上原さん(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)
傷ついた人をどう支えるか
――誹謗中傷に傷つくのは、プロのアスリートだけではありません。スポーツに取り組む子どもたちも含めて悩んでいる時、周囲はどのように寄り添えばよいでしょうか?

井上さん
まずは、「気にしなくていい」と言わないことです。そう言われると、「気にしている自分が悪い」と感じ、さらに落ち込むことがあります。「傷ついて当然」「気になって当然」と、その気持ちを受け止めてほしいです。
また、結果だけでなく、そこまで積み重ねてきた努力の過程を評価してほしい。アスリートは、子どもの頃から長い時間を競技に費やしてきました。ネットではその日の結果だけが切り取られますが、家族や身近な人には、その人が歩んできた過程を認め、伝えてほしいと思います。

萩原さん
大人の物差しで「それくらい気にしなくていい」「そんなことで傷つかなくても」と決めつけないことです。大人には小さく見えても、その子にとってはとても大きな出来事かもしれません。
――萩原さんは、苦しかった時に周囲のどのような支えに救われましたか?

萩原さん
私が苦しかった時、母は何かを解決しようとする前に、まず私を抱きしめ、「ひとりじゃない」「頑張っていることを知っている」と伝えてくれました。あの時に必要だったのは、正論や解決策よりも、「どんな結果であっても、変わらず自分を受け入れてくれる場所がある」という安心感だったのだと思います。
つらい時は「つらい」と言っていい。苦しい時は「苦しい」と言っていい。「助けて」と言っていい。アスリートだからといって、いつも強くいなければならないわけではありません。一人で抱え込ませず、「どんな時もあなたを受け入れ、守る人がいる」と伝えることが大切ではないでしょうか。
――誹謗中傷から自分を守るために何かされていたことはありますか?

上原さん
僕は嫌な言葉を目に入れないために、まずブロックしていました。ブロックすれば、同じ人からの言葉はほぼ届かなくなります。自分を守るための対策としてやっていました。
――では、身の危険を感じたり、執拗な攻撃を受けたりした場合は、どうすればよいでしょうか?

岡野さん
万が一、身の危険を感じる場合は、警察に相談してください。すぐに被害届が受理されないこともありますが、一度相談して窓口を作っておけば、同じことが繰り返された時の初動が変わります。相談を積み重ねておくことが大切です。
損害賠償や発信者情報開示請求を検討する場合は、専門的な知識、時間、費用が必要になるため、まずは弁護士に相談するのが基本ですね。
2022年10月に発信者情報開示命令という新しい裁判手続ができて以前より早くはなりましたが、現状では被害を受けた側の負担が大きいことも課題になっています。
2002年、日本選手権水泳競技大会で、史上初の個人4冠を達成した萩原さん。(写真:アフロスポーツ)
匿名性と自由な発信をどう考えるか
――上原さんは、現状の課題について当事者としてどのように考えていますか?

上原さん
僕は匿名での発言について、もう少し責任を持ってもらいたいと思っています。僕たち選手は匿名にはなれませんが、書く側は匿名で守られている。顔や名前が分かれば、社会的な責任もあるので、簡単には変なことを書けなくなるのではないでしょうか。
国やプラットフォームにも、うまく対策してもらいたいです。
――上原さんから具体的な問題提起もありました。プラットフォームを提供する立場として、まずは「誰もが発信できること」の価値をどう捉えていますか?

松本
インターネットやSNSがもたらした大きな変化の一つは、誰もが自分の考えや表現を世の中に発信できるようになったことです。スポーツであれば、試合の感想を語り、好きな選手を応援し、同じチームを応援する人たちと感動を共有できる。これはインターネットが社会にもたらした大きな価値だと思っています。
――その一方で、負の側面をどのように捉えていますか?

松本
人を傷つける言葉や人格を否定する発言、差別的な発言なども簡単に発信され、一気に広がることがあります。「誰もが発信できる」という価値を守りながら、負の側面をどう小さくするか。それがプラットフォーム事業者にとって重要だと思っています。
――悪意を持って攻撃する人に「考え直してください」と呼びかけるだけでは防げないケースもあります。投稿型サービスを運営する立場として、どのような課題を感じ、どう取り組んでいますか?

松本
明確な悪意を持って、明らかな権利侵害や人格否定、差別的な投稿を繰り返すケースに対しては、プラットフォームとして毅然と対応する必要があります。
LINEヤフーでは、各サービスで人とAIを組み合わせたパトロールを行っています。削除した投稿の99%以上は、自社のパトロールやユーザーからの通報により、被害者ご本人から削除申告をいただく前に対応しています。被害が生じてからではなく、できるだけ被害そのものを生じさせないことも、大切な役割だと考えています。
また、それぞれのサービス特性に応じて、啓発などの「予防的アプローチ」にも取り組んでいます。たとえば「Yahoo!ニュース」のコメント欄では、投稿時にコメント表現の見直しを自発的に促すAI機能の導入などを行っています。
※コメント投稿前に内容を見直す機会を提供するYahoo!ニュースの「ヤフコメ添削AI」
被害を生じさせないために
――ここまで、誹謗中傷から人をどう守るかを考えてきました。その上で、これからSNSと付き合っていく子どもたちに、周囲の大人は何を伝えていく必要があるでしょうか?

萩原さん
子どもたちは「傷つけられる側」だけではありません。何かのきっかけで、誰かを「傷つける側」になる可能性もあります。
ライバルとどう向き合うのか。誰かが選ばれた時に、その人の努力を認められるか。自分と違う考えや立場の人を尊重できるか。SNSの問題に見えて、根底にあるのは「人とどう向き合うか」という問題なのだと思います。

井上さん
また、抑止のために、「重い罰がある」と教えるだけではなく、「その投稿をした後、自分や家族の生活がどう変わる可能性があるのか」を具体的に想像してもらうことも有効です。
学校生活に影響が出たり、親の仕事や家族の生活にまで影響が及ぶ可能性もあります。

松本
私たちは、技術的なスクリーニングを強化する一方で、「情報発信側のリテラシーを高めること」も、プラットフォーム事業者としての重要な社会的責任だと考えています。
そこで、若年層が主体的にインターネット上のコミュニケーションを学べるよう、教育現場で無償活用できる教材の提供や啓発活動を継続して推進しています。誹謗中傷を「技術で排除する」ことと、「生み出さない心を育む教育」という両輪を回し続けることが、最終的な解決への一歩になると信じています。
引退後も野球界、スポーツ界のために活躍されている上原さん。2025年MLB東京シリーズ開幕戦では始球式を務めた。(写真:Imagn/ロイター/アフロ)
――最後に。これから、どのような応援文化が根付いてほしいですか?

上原さん
応援したいのであれば、自分の推しの選手やチームを激励する。それが応援だと思います。他のチームや選手を攻撃することは、応援ではありません。
スポーツには勝ち負けがあり、プロが対戦する相手もプロです。野球なら、10割打つことも、100%抑えることもできません。結果だけで選手を責めるのではなく、そのことをもう少し理解してもらいたいですね。

萩原さん
勝った時だけでなく、うまくいかなかった時にも、挑戦した人に拍手を送れる応援文化が根付いてほしいと思います。結果やプレーを評価することと、その人自身を傷つけることは、まったく違います。
誹謗中傷というマイナスの言葉を減らすだけでなく、応援やリスペクトというプラスの言葉をもっと増やしたい。どんな結果であっても、変わらず応援してくれる人がいる。その安心感が、アスリートの次の挑戦を支える力になると思います。
――プラットフォームを提供する立場としてはどうでしょうか。

松本
我々プラットフォーム事業者としては、アスリートへの応援が、競技に挑む力になる一方で、誰かを傷つける言葉にならないことが大切だと考えています。自由な表現や対話を尊重しながら、安心して利用できる環境づくりを進めるとともに、利用者の皆さまと一緒に、アスリートも応援する人も安心して参加できる、より良い応援文化を育んでいきたいと考えています。
取材日:2026年9月22日
文:LINEヤフーストーリー編集部 写真:アフロスポーツ
※本記事の内容は取材日時点のものです
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