今は、守って維持するフェーズではない――。
生成AIの急速な進化によって、私たちがインターネットサービスを使う方法そのものが大きく変わろうとしています。検索をはじめ、LINEヤフーがこれまで提供してきたサービスも例外ではありません。
そんな変化のなか、LINEヤフーが掲げたのは、「破壊と創造」。自ら既存の前提を見直し、ユーザーニーズに応える、新たな「入口」をつくりにいく道です。その中核となるのが、AIエージェント「Agent i」です。開発体制では、通常の開発組織に加えて、社内公募で集まったメンバーによるスモールチームが、従来の分業を越えた新しいものづくりを始めています。
CEOの出澤剛に、AIによる変化をどう見ているのか。なぜ変化を起こそうとするのか。LINEヤフーは何に賭けるのか。そしてAIが仕事を担う時代に人間に残る力とは何かを聞きました。

LINEヤフーにとって、2025年度は「AIエージェント化元年」でした。年初に、一般ユーザーに向けたAIエージェントを提供していく方針を社内で打ち出し、約1年をかけて2026年4月20日のAgent i発表と提供開始へつなげました。
その間にも、LLM(大規模言語モデル)の性能は急速に向上しました。コード生成も進化し、AIを使えば、これまでよりはるかに少ない工数と人数でサービスをつくれるようになってきた。ただ、世界の変化は事業年度に合わせてはくれません。日々状況が変わる中では、会社の規模が必ずしも強みになるとは限りません。むしろ、今はスピードこそが競争力です。
AIツールを導入して、一つひとつの作業を速くするだけでは十分ではありません。仕事のプロセス自体を見直し、データの持ち方や置き場所も、AIが使いやすい形に変える必要があります。AIを使ってプロダクトをつくる一方で、自分たち自身もAIを前提にした会社へ変わっていく。その両方を進めた一年でした。
AIは、私が経験してきた中でも最大級のパラダイムシフトです。これまでの技術革新と違い、サービス開発だけでなく、人事、総務、財務領域など、ほぼ全ての仕事に影響します。さらに、その影響は仕事だけでなく、私たちの生活にも及ぶ。好むと好まざるとにかかわらず、無視できません。
こういった変化の局面では、中途半端にハンドルを切っても間に合わないということは、過去の経験から学んできました。一方で、会社が大きくなると慣性も大きくなります。経営陣だけが急ハンドルを切っても、組織全体がすぐに曲がるわけではありません。大きな組織の方向をどう変えるか。これまで積み重ねてきた経験が問われる、会社としても私個人としても勝負の局面だと思っています。
検索を含め、ネットサービスは大きく変わるでしょう。検索は、ユーザーが入力する言葉に「知りたい」「買いたい」「行きたい」といった意思が表れる、ユーザーが実現したいことに最も近いサービスの一つです。だから高い収益性を持つ事業になったわけです。
しかし、収益性が高く、私たちが守りたいからといって、ユーザーニーズの変化を止めることはできません。AI時代には、ユーザーの興味や関心、やりたいことに最も近いインターフェイスがAIへ移っていくでしょう。既存の収益が下がらないようにしながら、小さくAIを試しているだけでは間に合いません。
ですから私たちは、Agent iで次の「インターフェイス」を取りにいきます。既存事業を守るための取り組みではなく、次世代の入口を取りにいく挑戦です。未来が確実に見えているわけではありません。それでも、何もしないという選択肢はない。ここに未来があると考え、ベットしています。
LINEヤフーは、メディア、コマース、金融など、日常のさまざまな場面にユーザー接点を持っています。それは収益源が複数あるという意味だけではありません。サービス同士を連携させ、ユーザーが複雑な操作をしなくても、一つの体験の中で目的を達成できることが強みです。
例えば、「この商品が安くなったら買っておいてほしい」「週末の天気を忘れないように教えてほしい」「この価格までならオークションで入札したい」といった日常の希望を、誰もが高度なAIの知識なしに実現できる。プロ向けの複雑なAIを、一般ユーザーが日常で使える形にすることは、私たちだからこそ挑戦できる領域だと思います。
圧倒的なユーザー基盤があり、優秀な開発チームがいて、日常の入口から予約や購入などの行動までを支えるサービスがある。この組み合わせを生かして、ユーザーの「したい」に最も近い存在になれれば、収益は結果として後から付いてくると考えています。
自社の経済圏を守ることを先に考える必要はないと思っています。ユーザーが望む接続先であれば、外部のサービスにつないでもいい。まず、Agent iを本当に良いサービスにすることが先です。
一方で、AIによって商品やサービスを簡単に比較できるようになれば、「どこで買うか、予約するか」といった体験が似てくる可能性もある。そうなれば逆に、普段から使い慣れた入口であることや、ポイントや決済など複数のサービスが連携して便利に使えることの価値は、むしろ高まるでしょう。選ばれる理由になるはずです。
自社サービスに囲い込むのではなく、ユーザーにとって良い接続先をフラットに選べるようにする。その結果として、「LINEヤフーのサービスを使い続けると便利だ」と選んでいただける体験をつくることが重要です。
「社員全員の意識が一つになったか」を変革の指標にするべきではないと思っています。全員が同時に変わるのを待っていたら、この時代のスピードには間に合いません。まず、動く人が動き、新しい成功例をつくることが大事です。
既存の大きく収益性の高い事業を持つ会社ほど、「新しいことをすれば今の事業や収益を壊すかもしれない」と考えます。本人たちは会社のためを思っていても、これまでのルールやワークフローにとらわれ、踏み込めないことがある。いわゆる、イノベーションのジレンマです。
AIは、サービスだけでなく、一人ひとりの仕事の仕方を変えます。「この手続きは何のためにあるのか」「この分業は本当に必要なのか」と、これまで当たり前だった全ての前提を疑う必要があります。やらない理由を探しているうちに、変化から取り残されてしまいます。
Agent iの発表から逆算し、「こういうサービスをつくりたい」と手を挙げた人たちで、少人数のチームをつくりました。メンバーがAIを徹底的に使ったこともあり、開発を加速させる装置になったと感じています。現在は第2弾、第3弾の取り組みも進んでいます。
従来のサービス開発では、企画、デザイン、エンジニアリングと役割を分け、それぞれの工程をつないでいました。ところが、AIを前提に少人数でつくると、その境界が薄くなる。目的や解決すべきことを決め、AIに開発させ、動くものを見ながらフィードバックしあう。企画者、デザイナー、エンジニアが、一緒にプロダクト全体を考えるようになります。
まだ始まったばかりですが、AI時代の新しいものづくりが形になり始めました。まずはこうした新しい動きを増やし、会社全体のものづくりへ広げていくことが大事だと思っています。
例えば会議前には、社内Wikiや過去の議事録などをAIで分析し、提出された会議資料と突き合わせて、課題や論点を洗い出します。報告のための会議は大きく減り、議論に時間を使えるようになりました。
また、資料をつくってほしい、会議体をこう変えたい、新しい取り組みを始めたいというときも、まず自分でAIを使い、7~8割ほど形にしてから依頼できるようになりました。意図を具体的に伝えられますし、受け取る側の仕事も速くなります。
ここまでくると、「社長の仕事は要るのかな」と思うこともあります(笑)。
最後に決めること、リスクを取ることです。意思決定に必要な情報は、社内文書やインターネット上にあるデータだけではありません。文書化されていない過去の経緯、人と人との関係や感情、その人の個性、ユーザーや社会の空気など、データにしにくいものも含めて判断します。
AIを使えば、資料の表面は誰でもきれいに整えられる。それでも、伝わる資料と、「きれいだけれど、何も言っていない」資料がある。違いを生むのは、AIへどれだけ深く指示し、どうフィードバックするか。そこには、本人の経験や物の見方が表れます。
AIの能力が上がるほど、そうした経験や物の見方から生まれる、センスや洞察力が差別化要因になる。AIに何をさせるかだけでなく、自分は何を実現したいのかを決め、動くものにして示す力が、これまで以上に重要になります。
10年後という時間軸では考えていません。10年後には、Agent iという名前自体が残っていないかもしれない。それくらい変化が速い世界です。
まず目指すのは、Agent iを日本の多くの皆さんが日常的に、自然に使っている状態です。LINEも2011年にリリース後、早い段階で爆発的に利用が広がりました。
今回も10年かける勝負ではありません。どれだけ早く、日常で選ばれるサービスにできるかが重要です。
2025年度は、AIエージェント化を宣言し、準備を進めた一年でした。2026年度は、その成果を出す一年です。
今は、既存のものを守って維持するフェーズでも、安定成長を目指すフェーズでもありません。スピードを上げ、既存のものを自ら壊して新しいものをつくり、No.1を目指すフェーズです。その意思を、「スピード10倍」「破壊と創造」「No.1への執念」というバリューに込めました。
インターネットサービスは、No.1が圧倒的に強い構造です。ただし、勝つためなら何をしてもいいわけではありません。テクノロジーで世の中を良くし、ユーザーにポジティブな驚きを届ける。それが私たちのミッションである「WOW Our Users!」です。
変化を恐れるのではなく、自分たちの変化そのものを楽しむ。そして、Agent iと会社の自己変革を、ユーザーが実感できる価値として届ける。この一年で、そこまでやり切りたいと思っています。
取材日:2026年7月27日
文:LINEヤフーストーリー編集部 撮影:猪又 直之
※本記事の内容は取材日時点のものです
