グループCEO連載 一休・榊淳のデータドリブン経営「何をすればお客さんが喜んでくれるか?」

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灰色の背景に「一休.com」のロゴがあり、榊社長が笑顔で腕を組んで立っています。

LINEヤフーグループには、国内外100社以上、メディアからコマース、金融まで多岐にわたる事業ポートフォリオがあり、さまざまなシナジーを生み出しています。当グループCEO連載では、各社CEOのキャリアや、ビジョンなどに迫ります。

初回に登場するのは、高級ホテルやレストランのWEB予約サービスなどを手がける一休の榊淳社長です。スタンフォード大学院を経てコンサルティング業界出身の榊社長ですが、そのキャリアは決して順風満帆なものではなかったと言います。

就活に出遅れ、投資銀行への転職も失敗。その後、どのように一休のトップに立ち、データドリブン経営で注目されるまでになったのでしょうか? これまでのストーリーを語ってもらいました。

榊社長のクローズアップ写真で、青いファスナーのグレーの服を着ています。
榊 淳 (さかき じゅん)
株式会社一休 代表取締役社長
慶應義塾大学大学院理工学研究科修了後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。金融工学を駆使し、デリバティブ取引などのプライシングを担う。2001年、米国スタンフォード大学大学院にてサイエンティフィック・コンピューティング専攻。同大学院修士課程を修了後、ボストン コンサルティング グループを経て2009年アリックスパートナーズ入社。複数の案件に携わるなか、一休を担当。2013年一休に正式入社。PL責任者として宿泊事業の再構築を担い、2014年に取締役副社長COOに就任。2016年代表取締役社長に就任。

就活は出遅れたけど、大学院を経て、銀行でデリバティブを猛勉強

――どんな幼少期を過ごされましたか? 昔からリーダータイプだったのでしょうか?

僕の故郷は、熊本県の植木町という日本一スイカが採れる町です。通学路は長い直線道路で両サイドにスイカ畑が広がっていて、友人たちとよくスイカを投げ合って遊んでいましたね。田舎ならではという自然豊かな環境で自由にのびのび過ごしました。

高校まではサッカー、大学ではアイスホッケーと、スポーツをやっていましたが、キャプテンなどのリーダー的な役割を担ったことは一度もありません。むしろ、単独行動を好むタイプでしたね(笑)。組織でリーダーポジションになったのは、一休が初めてじゃないかな。

オフィスのような場所で、榊社長がテーブルに肘をついてリラックスして座っています。

――1社目は銀行だったそうですが、就活は苦労されたとか?

僕は就活に出遅れてしまいました。気付いたら周囲は次々と内定を決めていたという感じで、結局、大学院に進学して金融工学を専攻しました。

大学院を修了し、面接で「最適化理論を研究していました」という話したところ、ちょうどトレーディングの部署で人を探していたため、みずほ銀行に採用されました。最適化理論は、投資に関連する理論でもあり、ここから僕の金融キャリアが始まりました。

――みずほ銀行ではどのような業務を担当されたのですか?

普通、銀行員は支店勤務からスタートしますが、僕はいきなりトレーディングルームに配属されました。銀行員というよりも専門職ですね。いきなり「本丸」の部分を触れたんです。これは面白かったですね。

そこからはすごく勉強しました。

デリバティブ(先物取引やオプション取引、スワップ取引などの金融派生商品)って難しいんです。金融商品は、日々の値動きが複雑なので、その複雑な動きを数学的に捉えるために、微分方程式などをたくさん活用しています。かつてノーベル賞を受賞した「ブラックショールズ式(※1)」などの数式も使いこなす必要があります。

トレーディングでは、理論の「癖」を理解しないと失敗するため、当時はあらゆるモデルを集中的に学びました。

※1:1973年にフィッシャー・ブラックと、マイロン・ショールズが発表したオプション価格算出のための理論式。

――難しそうな業務ですが、どんなモチベーションで取り組まれていたのでしょうか?

それがすごく面白かったんです。僕が解いていた問題はいわば「クイズ」なんです。そのクイズを解いた結果、リアルにお金が動くわけです。
この商品の価格は明日株価がどう動いたらどうなるか? 金利がどう動いたらどうなるか?
頭の中では「この商品は今ここにあるけど、たぶん明日はここに動くよね」って、盤面みたいなイメージが浮かんでいるわけですよ。「明日こっちに動くから、これは攻めたほうがいい」とか「いや明日はあっちに行くから、これは高めに売っておかないといけない」とか。

まさにリアルマネーゲームですよね。

もちろん、実際にどう動くかは誰にもわからないけど、それを前日から一晩中計算するんです。「2マスこっちに動いたら、商品の金額がいくら動く」とか、それらを全部計算して朝を迎えるわけです。

トレードって、手のひらの上にものすごい金額が乗っている感覚があります。
基本的に1トレード100億円単位なので、ビビりますよね。そのゲーム的な面白さと、それによってリアルの世界が動くダイナミズムが僕にとっては魅力的でした。

榊社長がテーブルに座り、話をしているような姿勢です。背景にはオフィスの家具があります。

――スタンフォード大学院へ進学したのはどんなきっかけからでしょうか?

その後、ニューヨーク支店に転勤しました。ウォールストリートでは基本みんなPh.D.(博士号)の人たちが働いています。「スーパー賢い」人たちと一緒に働く機会を得て、楽しく仕事をしていました。「もうずっとここで仕事してもいいな」と思っていたのですが...、ある日突然「日本に帰ってきなさい」と言われたんです。
そのときに、スタンフォード出身の上司が「大学院に進む選択肢もあるんじゃない?」とアドバイスしてくれて。「いいね、それ!」と思ってすぐ願書を出したんです。「どうせならトレーディングを極めよう」という気持ちもあり、そこでサイエンティフィック・コンピューティングを学びました。

――大学院を修了したことで、さらにキャリアの選択肢が広がったのでしょうね。

そうですね、その後は投資銀行に就職したいと思いました。やっぱり「世界最高のトレーダー」になりたかった。
そこでゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーなどさまざまな投資銀行を受けたのですが、受からないんです。「おまえみたいなやつはいっぱいいるからいらない」という感じでした。

榊社長が両手を胸に置き、話をしている場面です。背景にはオフィスのインテリアが見えます。

BCGで、「人」と「瞬間」までターゲティングできたプロジェクト

――その後、ボストン コンサルティング グループ(BCG)に入るわけですね?

はい。BCGに入った当初は、かなり苦労しました。
本当に最初の1年ぐらいは「おまえみたいなバカ初めて見た」みたいな感じなんですよ。みんな賢い。ビジネススクールとか一流のところを出てきているのです。
いきなり「それってカスタマーのアンメットニーズ(※2)をどう捉えるの?」とか聞かれるわけです。「何言ってるんだろう、この人たち」みたいな感じで、何を言っているのか理解するのに必死でした。

※2:人々が抱える欲求や需要のなかで、まだ満たされていない潜在的なもの。

――その状況を変えるターニングポイントがあったのでしょうか?

はい、それこそ他の人よりも多くの時間で働いた結果、転機が訪れました。
それは、大手食品会社の「アミノ酸が入ったサプリメント」の売上を伸ばすプロジェクトでした。

どんな提案をしたかというと、そのサプリメントの主成分は「アミノ酸」なんですね。筋肉が疲労すると「乳酸」がたまるのですが、その乳酸を洗い流すのがアミノ酸です。
通常、アミノ酸は普通に摂取すると脳に届いて終わりです。でも急激に摂取すると筋肉まで届いて、疲労が目に見えて軽減します。ですからトップアスリートの人たちが使っている。
そのため、当初は「アスリートを狙う」というマーケティングをしていました。でも、アスリートって人数が少ないこともあって、なかなか売上にはつながっていなかった。

――どのように課題解決したのでしょうか?

疲労軽減に最も関心があり、かつ人数が多いのは誰だろう?

徹底的にリサーチを重ねた結果「中高年の登山客」にたどり着きました。人数も多く、疲労軽減のモチベーションもすごく高い人たちです。
北アルプスの槍ヶ岳に大きなヒュッテ(山小屋)があって、夏には一晩で1,000人ほどが泊まるんです。その1,000人を対象にサンプリングしたところ、下山後に「疲労が軽減した」という声が多く、その製品が飛ぶように売れました。
爆発的に売れた上に、アミノ酸のサプリメントは生産コストが非常に低いので、そのマーケティング戦略は大成功を収めました。「思いも寄らないアクションでいい戦略を導いた」と、最終的にBCGのワールドワイド賞を受賞しました。

――ターゲティングが秀逸ですね。成功要因をどのように分析されていますか?

この戦略を提案したときは「まったくもって新しい提案だ」と言われました。
通常、マーケティングでは「顧客は誰か?」という視点でターゲットを設定しますよね。たとえば「20代の女性」とか「30代のビジネスパーソン」など。

でも僕は、「人」だけではなく「瞬間」までターゲティングしたんです。

つまり「登山好きなおばあちゃん」をターゲットするだけでなく、「槍ヶ岳の上で疲労しているおばあちゃん」という瞬間までターゲティングしました。そこまでしないと「疲労軽減を体感する」ところまで行かないからです。
BCGで最も身に付いたのは「顧客に対するインサイトの取り方」ですね。企業にとって「何をしたらお客さんが喜ぶのか?」という部分がいちばん大事です。そこを真剣に考える力が付きました。

榊社長が片手を前に伸ばし、もう片方の手を腰に当てて話しています。

一休でのデータドリブン経営で、すべてがつながった

――そこから一休に入るのですね?

はい。人生って面白いもので、一休に入ってこれまでのキャリアが全部つながってくるわけです。
BCGでは7年間働き、その後移った企業再生を手がけるアリックスパートナーズで出会ったのが一休でした。
データを分析すると、一休はすごく魅力的なサービスでした。
でも、当時はあまり成長していなかった。優秀な人材がそろっていて、社員のやる気も高く、磨けば光る事業なのに、事業が伸び悩んでいたんです。
戦う相手は、資金力や人材に恵まれた大手企業ばかり。この状況で戦うのは面白いと思ったんですね。「本来の価値を発揮すれば勝つチャンスがある」と確信しました。

――榊さんが2012年に一休の経営に関わって以降、約10年で売り上げは10倍以上に急成長しました。それまでのキャリアがどうつながったのですか?

一休.comは宿泊予約サイトで、その運営には高度な「プログラミング」技術が求められています。
「そういえば、前にプログラミングを勉強していたな」と思い出してエンジニアにソースコードを見せてもらったら、この20年ぐらい変わっていなかったんです。
当時もプログラミング言語はJavaで、データベースはOracleでした。技術的な基盤が変わっていなかったので、スッと理解できました。
そこで初めてコンシューマーインサイトやビジネス事業成長戦略に、BCGでの経験とスタンフォードなどで身に付けたデータサイエンスの知識やスキルを組み合わせて生かすことができました。

――月曜朝に全社員に配布する週次のデータを土日に自ら作成されるそうですね?

データは「隠れた価値を引き出すもの」で、社員みんなで共有すべきものです。
毎週末、顧客行動データを分析して、レポートを作っています。お客さんの行動を誰よりも理解し、数値の変動を分析して全社員に共有する。それがデータドリブン経営の土台であり、一番責任がある僕がコミットするのが理にかなっていると思います。
ただ、僕のレポートには社員に何をしてほしいかは書いていません。クリエイティブで一番面白い部分は現場の仲間にこそやってほしいからです。
もちろん、定量面の調査だけでなく、ユーザーへのインタビューやアンケートなど定性的な調査も重要です。顧客行動の課題をあらゆる角度から「見える化」しています。

――生成AIはどのように活用されていますか?

生成AIの出現によって、AIがさまざまなことを理解できるようになってきたと感じています。例えば、「言葉」を理解する能力が格段に上がっているので、顧客が宿を探すときの検索ワードから、検索意図を生成AIで読み取るようにしています。
また、「画像や動画」を理解する能力も格段に上がってきているので、顧客が好きな宿の画像を投稿するだけで、別の宿をリコメンドしてくれるようなことも可能になるはずです。
また、生成AIの活用で生産性も向上しています。生成AIがプログラミングを自動化してくれるようになったので、僕はプログラミングコードを書く必要がなくなってきました。
今後、どんどん、ノーコードでプログラミングができるようになっていくでしょうね。つまり、非エンジニアのビジネス人材がデータ人材として活躍できるようになってきている。面白い時代ですね。

榊社長が両手を広げて笑顔で話している姿です。背景にはオフィスの様子が見えます。

――現在は、LINEヤフーからの委託を受けてYahoo!トラベルやPayPayグルメも運営されています。グループシナジーをどう捉えていますか?

一休.comのユーザーは旅が本当に好きな顧客が多いのに対し、Yahoo!トラベルのユーザーはより幅広いライト層が使っています。また、PayPayグルメのユーザーも、一休.comレストランよりお得にサービスを使いたいという方が多い。
このように、利用シーンごとに異なる顧客の好みや動向をデータから多角的に読み取ることで、プロダクトの改善や提案の精度を高めることができるようになりました。今後、各サービス間のさらなるシナジーを生み出していきたいと思っています。
例えば、お弁当を1個作るよりも2個作った方が1個あたりのコストが安くなるじゃないですか。それがYahoo!トラベルやPayPayグルメをリーンなコスト構造で事業展開できる理由です。

――お話を聞いていると、まさに、コネクティング・ザ・ドッツ(過去の経験などが全て意味を持つ)ですね。

それは、偶然の結果です。
僕は最初、最強のトレーダーになりたかったんです。でも、その夢はかなわず、コンサルティング業界に進むことになりました。「最強のコンサルタントになりたい」と思ったけど、もっとすごい人がたくさんいて、そんな中で偶然出会った一休に入り、ここまで来ました。

僕が本当に興味を持っているのは、「自分のやっていることが世の中を良くするのか?」ということなんです。データで未来を切り拓くこの仕事にやりがいを感じています。

今は、これまでの経験や知識、スキルを全部生かして世の中を良くすることができる、そんな恵まれたポジションにいるので、それがすごく楽しいですね。

取材日:2025年4月8日
文・LINEヤフーストーリー編集部 撮影・今野大介
記事中の所属・肩書きなどは取材日時点のものです。

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