AIが社会を根底から変える今、私たち生活者の「個人の幸せ」はどう変わるのでしょうか。本記事では、SF作家、ITコンサルタントとして活躍される樋口恭介さんにインタビューを実施。未来を見つめる視点から、AI時代を生きる私たちの日常についてうかがいました。
ビジネスや生活の合理化がハイスピードで進むAI時代において、なぜ「身体性」や「不合理」が大きな価値を持つのか。私たちが自分なりの「幸せ」を見つめ、ポジティブに生き抜くためのヒントを語っていただきました。
生成AIを活用して、誰もが多くのことができるようになりました。でも、みんなが同じAIを使えば、結局は同じような発想で競争することになってしまいます。また、仕事はこれまで以上に効率化されると思います。しかし、それは既存マーケットの効率化や加速に過ぎません。
だからこそ、自分でやりたいことを追求し、新しい価値を生み出すこと、つまり「未来を創造する力」が今、最も必要になると思っています。PayPalやOpenAIなどの共同創業者として知られるピーター・ティールは、「競争するな。ゼロ・トゥ・ワンをしろ」という言葉を残しています。この言葉は、新しい価値を生み出すことの重要性を表していますが、今のAI時代にも通じる考え方だと思います。
そうなんです。なんのトレーニングも受けていない人間がいきなり未来について考えようとしても、どこかで見聞きしたような「紋切り型の未来」しか描けない。そして、未来はまだ誰も経験していないものです。だから自分の外側から未来のイメージを調達しようとウェブ検索をしても、確かな知見だけでなく、極端な予測や陰謀論のような情報にも簡単にたどり着いてしまう。
はい。未来は、ゼロから考える必要はありません。
これまで多くの人が未来について考えてきた蓄積があります。それを踏み台にしたり、反面教師にしたりしながら、自分なりの未来を考えていけばいいんです。その足掛かりになるのが、「加速主義」や「プルラリティ」、「未来学」といった考え方です。これらの思考法やフレームワークを、未来を考えるための踏み台となる教科書として示す必要があると思いました。
加速主義
資本主義やテクノロジーの進歩をあえて加速させてシステムを内部から突き崩し、新たな社会や未来を生み出そうとする過激な思想・社会運動。樋口さんは、反面教師として踏み台にすることを推奨する
プルラリティ
「複数性 / 多元性」を意味し、社会の多様な価値観や差異を受容するだけでなく、創造的なエネルギーの源として捉える思想
未来学
起こりうる複数の未来を想像し、現在の行動へとつなげる考え方
僕は作家でもありますが、普段はITコンサルタントとして会社員をしています。人文とIT・ビジネス、両方の世界を理解している人間だからこそ、この橋渡しをする意味があると思ったからです。
「加速主義」や「プルラリティ」、「未来学」といった考え方は、それぞれ別々に語られることが多いのですが、それらを一つの文脈で整理し、未来を考えるためのヒントとして示したいと考えました。
一般的な生活者の目線で言えば、実はまだ「AIエージェントを主体的に使って生活を便利にしよう」という段階にはないと思います。現段階でAIをより積極的に活用して大きなインパクトを受けるのは、ビジネスパーソンや企業だろうと考えます。
効率化というよりも、「合理化」という言葉の方が適切だと思います。
近代という時代は、人間を機械のように扱い、業務プロセスや組織を作ってきました。しかし人間には1日8時間しか働かせてはいけないし、1つか2つの専門性しかなかなか与えられない。それが人間のボトルネックでした。しかし、AIの計算速度は人間の数百倍であり、そのボトルネックをはるかに超えてしまいます。
つまり、近代が培ってきた「人間を前提とした組織や業務設計」が破綻していくだろうということ。AI前提での抜本的な組織の組み替えが不可避になります。
ええ。人間前提の組織で「AIを使って仕事が素早く、効率的になりました」という使い方では、これからの時代、負ける懸念はあります。
何に負けるかというと、組織や業務設計を抜本的にAIベースに変革した、新しい組織体です。アメリカなどではすでに、1人スタートアップがAIエージェントチームを使って、圧倒的なスピードでサービス開発をしている事例が当たり前になってきています。
長期的に見れば、人間を前提とした旧態依然とした組織は、AIを前提とした新しい合理的な組織体に負けてシュリンクしていく懸念があります。
AI活用の最もポジティブな側面はスピード、そして「トライ・アンド・エラー」がしやすいことです。ですから、企業はチャレンジを奨励し、これまでは考えられなかったようなスピードと頻度で成功と失敗を蓄積していくべきです。
ただ、人間の認知はゆっくりしか変わりません。ユーザー側がAI時代の急激な変化についていけないこともあります。ある程度の規模を伴った組織は、時間軸を分けて「AIを使ってとにかくスピーディーにトライ・アンド・エラーを繰り返すチーム」と、「基盤となる仕事をゆっくりと改善していくチーム」に分けるのがいいんじゃないかと思います。両方ができる時代というのは、今この転換期を逃すと二度と来ないかもしれません。
最新のテクノロジーについて想像するとき、僕は自分の母親や父親を思い浮かべるんです。高齢の両親がいきなり「AIエージェントを使って、家で飼っている亀の状態をデジタルにモニタリングし始める」なんてことはなかなか想像できません。
人間は基本的に保守的です。今までの繰り返しであることのほうがノイズも少なく、予測可能性も高い。仕事もプライベートも充実している生活者にとって、新しいものをすぐに取り入れなくても十分に幸せなんだと思います。
生成AIが登場した当初、僕も同じように興奮していました。多くの人の本来やりたいことをサポートし、自己実現をかなえるテクノロジーになりえるだろうと。
ただし現在はもう少し冷静な目を向けています。なぜなら現状の生成AIは平均的なレベルの出力しか出てこないからです。そのため、自分のやりたいこと、作りたいアウトプットのイメージがかなり具体的でないと、あまりクオリティーの高いものが制作できない。「作りたいイメージが具体的だけど、やる時間がない」という人であれば、スピーディーに自分のやりたかったことが実現できていくと思います。
そうですね。
普段、自分が使うサービスやデバイスに最新のAIが搭載されて、「手続きがすごく楽になったな」というような、受動的な使われ方が多くなるだろうと思います。
特にネットショッピングやネット証券など、「ソフトウエア空間やウェブ空間を前提に発展してきたもの」には、AIが搭載されやすいです。ユーザーの許可した情報に従って、AIがプロアクティブにさまざまな取引のドラフトを作り、人間は承認するだけで煩雑な手続きが完了していく――そんな世界になっていくでしょう。一方で、「住宅」や「道路」など物理的な分野への浸透は時間がかかる可能性が高いと思います。
そこが一番重要です。パーソナライズが加速度的に進み、放っておくと自分の身の回りのことをすべてAIエージェントがプロアクティブに処理していくようになります。すると究極的には、私たちは「ぼけっと寝ていても人生が完結していく」みたいになると思うんです。
そうなったときに、自分らしさや自分の生きざまを「どう守っていくのか」という論点がとても重要になります。
自分にとって「不合理なままでも残しておきたいもの」をちゃんと明確化しておくことです。
例えば「家庭」は、合理性ばかりが優先されるものではありませんよね。旅行にでかける、凝った料理をつくる、遊ぶなど、本来はやる必要がない無駄な時間も多い。ソーシャルメディアなどで、家事について議論になることがありますよね。その際、家事を「こんなに合理化できる」みたいな話をする人もいますが、家庭の時間さえも極端に合理化するのは、本当に合理的と言えるのでしょうか。
本当の合理性というのは、「豊かな人生をどうつくるか」を考えることです。だからこそ、家庭ではある程度、合理的かを度外視して、無駄な時間を楽しむことも重要なんです。
はい。そしてその豊かさは「身体性」にひもづいています。人間は身体で記憶する動物なので、自分の身体を通して得られる経験とひもづけて、豊かな人生をどう設計するのかが問われます。
これだけ全てが情報化され、効率化されていく中で、「何をAIに預けてよくて、何を預けたくないのか」を一人ひとりが考えなければいけないんです。
僕の場合は、話すことですね。
話すのってすごく身体的な行動なんです。しゃべっていると「自分はこういうことを考えていたんだ」という気づきがあります。書くことに関しては、僕はAIに委ねて、推敲(すいこう)だけ自分がやればいいやと思っています。今後、ますます増えていくであろうAIの文章に張り合う気もありません。
でも、話すことに関しては、自分の体を使っている感覚があり、楽しいです。それは、書くことよりもリアルタイムなアドリブのスリルがあるからだと思います。だから自分の代わりに「話してほしい」とは思えません。
違うと思います。例えば、仲のよいSF作家の小川哲さんは「最初から最後まで全部自分で書きたい。樋口くんがAIを使って文章を書いているけど、何が楽しいのかわからない」とよく僕を批判します(笑)。彼にとっては「小説を書くこと」が身体と不可分なもので、AIが優れたものを書こうが関係なく、自分が楽しいから書くわけです。
「私はこれをやりたいのだ」と明確にすることが、最も大切になってくるのだと思います。
仕事もしんどいと思いながらやっている人が多いかもしれませんが、それが自分の人生と切っても切り離せないものなら、それをどう守っていくかを考えていく必要があると思います。
取材日:2026年7月6日
文:LINEヤフーストーリー編集部 撮影:黒羽 政士
※本記事の内容は取材日時点のものです
