未来の森に種をまき、その先へ どんぐりと「戻り苗」がつむぐ人と企業、森の新しいカタチ
「山で拾ったどんぐりを、家庭で2〜3年かけて苗に育て、ふたたび山へ戻す」
そんな小さな循環をつくるソマノベースの「戻り苗(※1)」を取り入れたプロジェクトが始まりました。その舞台は、大分県日田市中津江村にある田島山業の「みんなの森」。
LINEヤフーと田島山業は、カーボンクレジット(※2)の売買契約を結び、10年間にわたって持続可能なCO₂削減と豊かな森林づくりに取り組んでいます。
自然と向き合い、社員が自らの手で関わり続けるこのプロジェクトは、一過性のイベントでは終わりません。
「育てて、戻す」という新しい関わり方によって、社員一人ひとりが当事者意識を持ち、長く森に寄り添うことを目指しています。
森林再生やサステナビリティの仕組みがどのように動き始めているのかを、現場の視点からレポートします。
※1:どんぐりから苗木を育てて森へ返す、株式会社ソマノベースの社会貢献型プロダクト。オフィスや自宅で約2年間育てた苗木を返送すると森へ植林され、土砂災害リスクの低い森づくりにつながる。
※2:温室効果ガスの排出量を削減するための仕組み。企業や団体が排出削減や吸収に取り組むことで、クレジット(削減量の証明書)が発行され、他の企業が購入して自社の排出量を相殺に利用できる。
どんぐりから始まる実装型ESGのフィールドワークの現場レポート
2025年11月13日、LINEヤフーや田島山業のメンバーに加え、BIOME、ソマノベースといったパートナー企業、環境省の担当者、地元住民など、総勢40人ほどが大分県日田市中津江村に集まりました。
まずは、プロジェクトの経緯や「みんなの森」について、LINEヤフーの小南と田島山業の田島さんが説明。
続いて小南は、「森はCO₂を吸収するだけでなく、生態系保全や水資源の涵養、災害防止など多くの機能を持ち、守り育てることでさまざまな価値を生み出します。事業をサステナブルにするため、環境負荷を減らす努力は欠かせませんが、どうしてもゼロにはできません。その不足分を補い、気候変動の緩和や自然資本を育む場として必要なのが、森というフィールドです」と、取り組みの意義を語りました。
「昨年植えた苗を見に行くと、しっかり根を張って成長していて、とても感慨深いものがありました。着実に森は多様性を育みながら成長しています」と杉山さん
次に、参加者は「みんなの森」で、生物多様性調査を行いました。案内役を務めたのは、BIOMEの杉山さん。スマホアプリ「BIOME」を使い、周辺の動植物を撮影しながらフィールドを歩きました。
植樹から1年が経ち、苗木の中には鹿に食べられてしまったものもありましたが、順調に育ったものは1メートル半ほどに成長していました。地面には草花が生い茂り、森が育つ初期段階の力強さが感じられました。
1年前、100本の苗(コナラ、エノキ、ヤマザクラ、ヤマハンノキなど)を植える前の様子
今回の様子(苗は1メートル半ほどに成長し、地面には雑草もかなり生い茂っていて、木が育つ初期過程がよくわかる)
調査に使用した「BIOME」は、動植物の写真を撮影・投稿して、自分だけのいきものコレクションを作りながら、いきもの探しを"アクティビティ"として楽しめるスマートフォンアプリです。約10万種類の動植物を収録した図鑑機能を備えているほか、撮影したいきものの名前をAIが判定し、提案してくれる機能もあります。
昨年も参加したLINEヤフー社員から、「苗木の成長を間近に見られて感動した」「しっかり育っていて嬉しい」といった声も上がりました。
休憩を挟んだあと、ソマノベースの浅利さんによる「災害防止と戻り苗について」の講義が行われました。どんぐりを拾い、家庭で育て、森へ戻す。そんな「戻り苗」の仕組みを学んだうえで、参加者は実際に森へ向けて出発です。
参加したLINEヤフー社員からは、「自然との関わりを自分ごととして考えるきっかけになった」「拾って終わりではなく、育てて戻すという循環を意識できた」といった声が寄せられました。
どんぐりにはさまざまな種類がありますが、数年後に「みんなの森」に植えるにはシラカシが適しているとのこと。参加者は選別方法を教わりながら、黙々と拾っていきました。集めたどんぐりは専用の木鉢に植え、今後LINEヤフーのオフィスで育てていく予定です。
最後に、BIOMEの杉山さんが、生物多様性調査で得られたデータを発表。「今回の生物多様性調査では、わずか25分で182件のデータが集まり、森が確実に生命を育んでいることが示されました」と振り返っていました。
LINEヤフーで本取り組みを担う和気が、「森と向き合う時間を、これからも社員とともに積み重ねていきたい」と、静かな決意を語りました。
森の成長と同じ時間軸で歩んでいく...そんな未来を感じながら、今年のフィールドワークは幕を閉じました。
2年かけて育てて、森へ返す。「戻り苗」が生む新しい関与のカタチ
「森に関わり続ける」という、これまでにない参加の形。「戻り苗」というアイデアは、どのように生まれたのでしょうか? ソマノベースの浅利さんにその思いをうかがいました。
ソマノベース CFO/法人事業部企画 浅利知波瑠(あさりちはる)さん
ソマノベース
――「戻り苗」というコンセプトはどのように生まれたのですか?
ソマノベースは和歌山に本社を置く企業で、創業者の奥川が経験した土砂災害をきっかけに、人的被害をゼロにすることを目指して立ち上げました。森の現状を知り、関心を持ってもらうことが、私たちの大切なミッションです。
その思いをどう社会に広げていくかを考える中で生まれたのが、「MODRINAE(戻り苗)」です。森で拾ったどんぐりを自宅で育て、再び森へ返す。そんな循環の体験によって、木や森の成長をより身近に感じてもらい、長く関わり続けていただけると考えています。
首都圏近郊でもイベントを開催していますので、興味を持っていただけた方は、ぜひご参加ください。
――苗を戻すという循環にはどんな意味があると考えていますか? 都市部の企業人が「種から関わる」ことの意義をどう捉えていますか?
私たちは、森とつながる道を一緒に考え、カタチにしていくことを大切にしています。
「戻り苗」は、自宅や学校、オフィスでどんぐりから苗木を育て、約2年後に山へ植林する取り組みです。崩れやすくなった災害リスクのある山林に植えることもあります。
自分が育てた苗木が森の一部となり、そこで命を育み、森を豊かにしていく。その循環を体験することで、サステナビリティをより身近に感じていただけると思います。
――スタートして以降、どんな声が参加企業から届いているでしょうか?
自宅でどんぐりを育てるため、我が子のように愛着が湧き、「森に返したくない」「このまま家で育てたい」と、手放すことを惜しむ方も多くいらっしゃいます。
その気持ちはよく理解できますし、「絶対に返してください」と強制することはもちろんありません。
ただ、育てた苗が森に戻り、そこで伸び伸びと育っていく姿を想像していただけたら...と思います。
では、LINEヤフー側は「戻り苗」という取り組みにどんな価値を見出したのでしょうか。実際に導入に関わったメンバーに、その魅力や背景を聞きました。
――戻り苗の導入にあたって、どんな点に魅力を感じましたか?
酒井正也(さかいまさや) サステナビリティ推進CBU ESGユニット:
日本経済新聞の記事を見たことがきっかけで、「戻り苗」というネーミングに惹かれました。物流でいう「通い箱」のようなイメージがあり、人が介在するからこそ生まれる温かさや物語性を感じたんです。
そこに、私たち人間が自然界で存在する意義を再確認できるのではないかと思いました。
また、ソマノベースさんについて調べる中で、2011年の紀伊半島大水害による土砂災害を契機に立ち上がった企業だと知り、戻り苗で育てた苗木が、土砂災害リスクの低い山林形成にもつながることへの理解が深まりました。
――災害対応に力を入れているLINEヤフーとして、共感した部分も大きかったのでしょうか?
はい。実際、私自身もそうでしたが、「山や林業を通じて自然を守りたい」という気持ちはあっても、どこから取り組めばいいのかわからない方が多いと思います。個人でも参加できる戻り苗は、まさにその課題を解決する手段の一つだと確信し、今回、第一歩を踏み出すことができました。
多くの個人ユーザーのみなさまに利用いただくLINEヤフーが取り組むからこそ、社会的な意義は大きいと感じています。
――今回、「みんなの森」でのフィールドワークはパートナーが増えて共創の輪が広がる形になりました。
そうですね。10年のプロジェクトで今回が2年目と、まだ始まったばかり。田島山業さん、BIOMEさん、ソマノベースさん、そしてLINEヤフーの4社がそれぞれの強みを生かしながら、将来に向けてさらに新たな可能性を探っていきたいですね。
気候変動対応だけでなく、自然資本への対応だけでもない。両者が互いに影響し合う連関性(ネクサス)を踏まえつつ、これからもLINEヤフーとしての歩みを進めていきます。
1年間の取り組みを通じて、森には企業や地域、専門家が交わる「共創の輪」が少しずつ広がり始めています。その変化を現場で視察された行政の専門家の視点から、環境省の小林さんにお話いただきました。
小林悟志(こばやしさとし)さん 環境省 九州地方環境事務所 地域生物多様性増進室 自然環境調整専門官(博士):
他の業界では生物多様性の確保に向けた取り組みが進んでいますが、林業界ではまだ始まったばかりの段階です。そのなかで、田島山業さんの取り組みは先進的で、全国的にも突出した事例と言えるでしょう。そうした背景もあり、今回の視察に参加しました。
新しいマーケットが生まれ、さまざまな企業が関わることで、横のつながりも広がりつつあります。こうした取り組みが、業界のロールモデルとして参考にされていくことを期待しています。
LINEヤフーは森とどう関わり続けていくのか?
これまでの取り組みを通じて、「みんなの森」では企業や地域、専門家がつながり合い、共創の輪が広がり始めています。では、この先、LINEヤフー自身は森とどのように関わり続けていくのでしょうか。
小南晃雅(こみなみあきまさ) サステナビリティ推進CBU ESGユニット:
実務面では、都市部の社員に「20年後の自社事業のために木を植える」意義を伝える難しさがありました。日常の業務と森との距離が大きいからこそ、クレジット購入だけでなく、実際に森へ足を運び植樹や生物調査を行う"直接関わる体験"を重視しています。
社員が植樹のプロセスを体感することで、CO₂削減が数字ではなく現実の営みとして捉えられ、当事者意識が高まっているのを感じます。自社の活動を誇らしく語る声も増えてきました。「みんなの森」は多様な企業・人が交わる場でもあり、自然資本への責任感を育んだ社員が、次世代のサービス創出へつなげていく循環を生み出せたらと考えています。
和気洋子(わけようこ) サステナビリティ推進CBU ESGユニット責任者:
命をつなぐことの大切さに気づく、貴重な時間でした。今回は、座組がさらに多様になったことも大きな収穫です。
都市部で暮らす社員一人ひとりが当事者意識を持ち、森を育む視点を身につけていきたいと考えています。IT企業だからこそ自然と接点を持つ意義があり、単なるオフセットではなく、「自然との共創」を大切にしていきます。
森の時間軸に寄り添いながら、クレジット購入にとどまらず、自然資本を育む取り組みを続けていく。そうした積み重ねによって、社員や社会により良いインパクトを生み出し、次の時代、そして次の世代へとバトンをつないでいければと思います。
取材日:2025年11月13日
文:LINEヤフーストーリー編集部 撮影:濱田進
※本記事の内容は取材日時点のものです
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