W3C(World Wide Web Consortium)は、ウェブを産み出したティム・バーナーズ=リー卿が1994年に設立した団体です。誰もがウェブを安全に便利に使えるようにするためにウェブ技術の標準化を推進しており、世界から350を超える企業や団体が参加しています。
なぜ、どのブラウザでもウェブサイトはちゃんと表示されるのでしょうか?
それは、世界中の開発者がWeb標準(=同じルール)に従ってサイトを作成しているから。
このルールを策定・維持しているのが、W3C(World Wide Web Consortium)という国際標準化団体です。
そのW3Cの活動の全体にガイダンスを提供する「Advisory Board(以下、AB)」に、LINEヤフーの太田が、日本人として歴代4人目のメンバーに選出されました。
「そもそも、なぜ世界共通のルールが必要なの?」
「強制力もないのに、なぜみんな守ってるの?」
Webの「当たり前」を支えるしくみ、ABとして太田が目指すことなどを聞きました。
W3C(World Wide Web Consortium)は、ウェブを産み出したティム・バーナーズ=リー卿が1994年に設立した団体です。誰もがウェブを安全に便利に使えるようにするためにウェブ技術の標準化を推進しており、世界から350を超える企業や団体が参加しています。
わかりやすい例で言うと、電気製品って、どのメーカーの製品でも家のコンセントにちゃんと差せますよね。それは電源プラグの形や大きさが「標準規格」で決まっているからです。
ウェブの世界でも同じで、たとえばLINEヤフーのサイトをどのブラウザで開いても、ちゃんと表示されますよね。
それがあたりまえになっているのは、ウェブ技術の標準ルールをみんなが守っているからなんです。
スマホやPad、PCで同じサイトをスムーズに見られるのは、「標準」ルールがあるから
はい(笑)。W3Cで定めたルールは法令ではないので、破っても捕まることはないんですけど...でも、守ったほうが圧倒的に「得」なんです!
たとえば、HTMLタグなどの独自の仕様を勝手に考えて使っても、ブラウザがそれを認識してくれなければ表示されませんよね。ブラウザや開発者のあいだで「共通の合意」ができている状態になっているから、仕様に沿って作られたものが、誰にでも広く届けられるんです。
つまり、技術標準に沿って作られたものは、様々なデバイスや環境でも、きちんと動く・ちゃんと見えることが期待できるということです。 だから「みんなにちゃんと届けたい」と思えば、自然に共通ルールである技術標準に沿って作るんだと思います。
「得」と言ったのは、サービスや情報を届けたい開発者も、それらを利用したいユーザーもみんなうれしい。そういう意味です。
はい。世界中で共通の機能や体験を提供できるように、世界中の企業や開発者がW3Cに参加しています。ウェブブラウザのベンダー、たとえばGoogleやAppleなどもW3Cに参加していて、標準の策定に直接関わっています。
そこで合意されたものの多くは、ブラウザに反映されて世界で広く使われるようになります。
そうですね。利用環境のバリエーションが広がっているからこそ、ますます標準化は重要になっていると思います。利用環境も変化していくので、標準の方もそれらに対応してアップデートされていきます。
W3Cには扱う技術ごとに「ワーキンググループ」というものがあって、そこで新しいルールの提案や議論が行われています。
たとえばHTMLやCSSなどといった具合に、技術領域ごとのグループの中でディスカッションが進んでいきます。
グループ内で仕様がきまってくると、「ドラフト」として公開され、さらにW3Cホリゾンタルレビューと呼ばれる、アクセシビリティ(Accessibility)やセキュリティ(Security)、プライバシー(Privacy)、多言語対応など(Internationalization)の専門的視点によるレビューやW3C会員企業各社によるレビューなどを経て、最終的に「勧告(Recommendation)」という標準仕様になります。
ワーキンググループに参加するには、W3Cの会員企業に所属していることが基本です。
LINEヤフーは会員企業なので、社員は手続きをすれば正式にグループに参加することができます。
もともとは、HTMLやCSSといったWebのコア技術が中心でした。
でも今は、たとえばIoT(モノのインターネット)や、認証、決済といった、幅広い領域が扱われるようになっています。
Webの世界も複雑になりましたから、インターネットを安全・快適に使えるようにするために、カバーする範囲も広がってきています。
たくさんあります!
W3Cの動きを見ていると、Webの世界でどんな課題が着目されていて、次にどんな技術が出てくるのか、新しい技術がどういう背景や意図で生まれたのか、といったことを知ることができるんです。
そういう理解ができていると、自分のサービスで使う技術を適切に選んだり、それをどのように使うかといったことも適切に判断したりしやすくなります。
あります。たとえば、「今まで使えていた技術が使えなくなる」というケースです。
たとえば、あるタグやAPIが廃止されて、次のブラウザアップデートで動かなくなってしまうと、サービスに直接影響が出てしまいます。
だからこそ、そういったリスクについては早めにアラートを出して、先回りして対応することがとても大切ですね。
仕様策定に直接貢献ももちろんありますが、標準技術のヘビーユーザーとしてのLINEヤフーならではの違った形での貢献もあります。LINEヤフーは様々なサービスを提供していて規模も大きいですから、W3Cの技術をサービスに導入したりテストしたりして、フィードバックすることも技術標準の開発への貢献になります。
たとえば、あたらしい仕様を使ってみてパフォーマンスが改善したとか、実装が楽になったとか、あまり楽にならなかったとか。LINEヤフーは国内でも大きなプラットフォーマーなので、このような形での貢献も行いながら、「国際標準の仕様や目的を理解して、正しく使う」という姿勢は私たちの責任としても重要なことだと思います。
さきほどの電源プラグの話と同じで、「意識しなくても使えている」ことこそが最大の利点だと思います。
たとえば、みなさんが毎日使っているウェブサイトをどのブラウザで開いても、スマホでもパソコンでも、ちゃんと見える。それは、その裏で「みんなが共通のルールに従って作っている」からですが、ユーザーはそんなことは知らなくても、W3Cの存在も知らなくても、何の問題もなく使える。それが技術標準の理想的な使われ方だと思います。
そうそう(笑)。電気製品を買うときに、電源プラグが標準に合っているか仕様書を読んで確認しないといけないとか、おかしいじゃないですか。「当たり前」に使えることが大事です。
はい。W3Cでアクセシビリティはとても大切にされています。
実際、W3Cの中にはアクセシビリティ専門のグループもありますし、標準を作るときには、W3Cホリゾンタルレビューによって横断的なチェックを必ず受けることになっています。
アクセシビリティは、必須のレビュー項目とされていて、「誰もが使えるか?」という視点がW3Cでの標準化の仕組みの中に組み込まれています。
ABは、W3C自体の運営や、標準を作るためのルールのようなものも含めて、W3C活動全般に対して提言したり議論をリードしたりします。
僕は以前から、W3Cの日本コミュニティと、グローバルコミュニティとの橋渡しのような役割を担ってきました。
日本の現地コミュニティは比較的活発で、初参加の人も日本語で相談できたり、サポートがあったりと、環境が整っています。
でも、その居心地の良い世界だけにとどまって、グローバルの活動への参加に消極的になってしまったりするともったいないです。だから、日本コミュニティのいいところを保ちながら、グローバルとも自然につながっていけるようにできたらいいと思い、いろんな参加者の方々とも話し合って活動してきました。
そうした活動を通じて、僕の名前や一緒に議論したことなどを覚えていただけていたことが、今回の選出につながったのかもしれません。
LINEヤフーの社員としての立場と、個人としての思い。どちらもありました。
まず社員の立場としてですが、LINEヤフーはWeb標準技術の恩恵を強く受けている企業の一つだと僕は思っています。
だからこそ、こうした標準技術が安定して存在していることは、自社のビジネスの継続性や自由度を得るために重要で、そこに貢献する価値があると思いました。
一方で、個人的に、僕はキャリアのはじめの頃にW3Cというものの存在くらいは知っていて、世の中のWebを支えているすごい人たちがいるんだという程度には理解していたものの、自分とは遠い雲の上の世界のように感じていた記憶があります。
だから今こうして関わらせてもらえていること自体がラッキーだと思っていますし、 過去の自分がインパクトを受けて、今の仕事でもお世話になっているものに、しっかり恩返ししたいという気持ちがあります。
その方がいいですが、僕はそんなに得意じゃないです(笑)。全然、流ちょうじゃないです。
でも、W3Cは言語を含むダイバーシティも大事にしている組織です。
今回の選挙中にも、英語での公開ディスカッションがあったんですが、「英語ネイティブではない人に不利になるからよくないのでは?」という声が挙がったほどです。とはいえ、もちろん英語でディスカッションしましたが。
会議は英語で行われるので、ある程度の英語での会話力はもちろん必要ですが、Slackやメールなども併用した総合的なコミュニケーションで相互に理解して議論しあうことが重要です。事前に発言内容を共有しておくなど、工夫できることはたくさんあります。
ABのメンバーと初めての対面会議で感じたことは、それぞれが強い思いを持っているということと、それぞれが持つバックグラウンドの多様さと深さでした。国籍も経験もバラバラな人たちが、それぞれの視点から意見して、本気で議論しています。
W3Cではコンセンサスを大事にしていて、とにかく議論を尽くしてみんなが合意するように努力します。なので、安易に多数決で決めようとはしません。
反対意見にも耳を傾けて議論で合意に到達させることが優先されます。
主張がぶつかることもありますが、お互いをリスペクトする配慮が感じられます。自分ももっと頑張らなきゃと刺激を受けています。
W3Cでの活動の深いところまで見るようになると、標準技術の仕様などが「なぜこういう仕様になったのか」「どのように作られたのか」ということまで気になって理解するようになります。
ABでは、標準を作っていく過程の手続きやルールについても議論したり、様々な技術グループとのコミュニケーションもしたりしていきます。
ABの役割を通じてこれまで以上に理解が深まっていくと思うので、そのような背景も含めて会社の中にも伝えていきたいと思います。
もちろん、Webをより良いものにしたいです。
AB(Advisory Board)は、「会社の代表」や「日本の代表」のような特定のグループの代表ではないので、Web世界全体の視点を持って取り組むことが重要です。
はい。「所属する企業や特定のグループを代表しているわけではない」ということはAB活動の前提です。「One Web」世界にひとつのWebを育てていくという理念のもとで、会社や国の看板を背負うのではなく、一人の貢献者として参加します。
W3Cは、世界から多様な参加者が集まって議論して合意形成をしている場所です。だから、活発な参加がないと、合意された標準に説得力がなくなってしまいます。
こういう場に入っていくとき、初めは誰にとってもハードルを感じるものですし、特にアジア地域では言語の壁も大きいと思います。そういったハードルを越えやすくする仕組みの整備や手助けをしたいです。
参加者の多様性はW3C自体が多様なつながりを外部と持てることにもなりますから、W3C自体にとっても、Web世界全体に対しても良い効果が生まれると思います。
これまでにW3Cを支えてきた人たちが整えてくれたからこそ、自分も今参加できているわけなので、「これからのWeb」を支えてくれる人たちのためにも自分も貢献できたらうれしいです。
取材日:2025年8月6日
文:LINEヤフーストーリー編集部 写真:日比谷 好信
※本記事の内容は取材日時点のものです