「データの仕事は信頼を預かること」CDO菅谷が挑む、AI時代の安全なデータ戦略

リーダーズ

会議室の木のテーブル横に立つLINEヤフーCDO・菅谷聡さんの写真。ネイビーのスーツ姿で正面を見つめ、背後には観葉植物とスタンドライトがある。

ユーザーのみなさまの日常に寄り添うYahoo! JAPANやLINEのサービス。その膨大なデータを、いかに安全に活用し、より豊かな生活体験へと変えていけるのか。AI時代、その課題はますます重要になっています。

LINEヤフーのデータ戦略を統括する菅谷聡CDOは、「データの仕事とは、ユーザーからの信頼を預かること」と語ります。AI時代に求められる「守りのガバナンス」。ユーザー基盤を支える自社サービスが、ユーザーのプライバシーを最優先しながらどのような未来を描いていけるのか、その指針を聞きました。

椅子に腰掛けて身ぶりを交えながら話すLINEヤフーCDO・菅谷聡さんの写真。ネイビーのスーツに白いシャツを合わせ、明るい表情で取材に応じている。
菅谷 聡(すがや さとし)
SIer、コンサルティングファーム、事業会社を経て、2022年にLINE株式会社へ入社。同年よりLINE App / Platform Domain CDO(Chief Data Officer)として、LINEアプリおよびプラットフォーム領域におけるデータ戦略の策定・推進ならびにデータガバナンス全般を統括。LINEヤフー株式会社へ合併後、2025年4月よりLINEドメイン Senior Data Directorを務め、2026年4月よりCDOに就任。

データの仕事は、信頼を預かること。活用とガバナンスの重要性に気付いた原点

――これまでのキャリアについて教えていただけますか。

キャリアのスタートは、SIerのエンジニアでした。フルスタックで開発に携わりながら、プロダクトマネジメントやプロジェクトマネジメントといった、技術と事業をつなぐ役割も担っていました。コードを書くだけでなく、「この技術をどう事業に生かすか」を考えるのが好きだったんです。

その後、コンサルティングファームへ移り、弁護士事務所とともに「GDPR」というヨーロッパの個人情報保護法に関するプロジェクトに携わりました。これが、私にとってデータとガバナンスを本格的に考えるきっかけになりました。そこから、数多くの業界のクライアントに対してアドバイザリー業務を担当していきました。

――データ領域の仕事を続けていこうと思われた、「面白い」と感じたきっかけなどはあったのでしょうか。

エンジニア時代からデータ基盤の設計や構築に携わってきたこともあり、データというのは主に「使うもの」「価値を生み出すもの」と捉えていました。

ところがGDPRのプロジェクトを通じて、その認識が大きく揺らぎました。企業がデータ活用を積極化すれば規制強化の議論が起き、ガバナンスを強化すれば活用が滞るという批判が生まれ、緩めればリスクが高まる。そのサイクルを間近で見ていて、「これはどちらが正解かという話ではなく、両方を同時に成立させることが本質的な課題なんだ」と気付いたんです。

さらに深く考えるほど、データを扱うとはお客さまから「信頼を預かる」ことなのだという感覚が腑に落ちてきました。技術だけでも、法律だけでも解けない。その複雑さと奥深さに面白さを感じて、この領域を突き詰めていこうと決めました。

椅子に座り、両手を軽く前に出して説明する菅谷さんの写真。大きな窓と観葉植物を背景に、落ち着いた表情で話している。

――その経験を経て、事業会社へ移られたのですね。

はい。コンサルで培った知見を、自分自身が当事者として実装する側に回りたいという思いが強くなっていきました。事業会社ではグローバルIDの統合や分析プラットフォームの構築に携わり、ガバナンスの設計を実際のビジネスに落とし込む経験を積むことができました。

その実感を持ってLINEに入社したのが2022年です。国内最大級のユーザー基盤を持つプラットフォームで、データガバナンスとデータマネジメントを事業戦略と一体で推進できる環境は、自分がやりたいことそのものでした。

開発組織に籍を置きながら戦略業務に携わるという立場も、技術と事業をつなぐという自分のキャリアの軸と重なっていました。LINEヤフーへの統合後はLINEドメインのシニアデータディレクターを担当し、今期から全社のCDOに就任しました。

――LINEヤフーでデータを取り扱うことの面白さや、やりがいはどんなところに感じていますか?

一番は、データが実際に人の生活に影響を与える手応えを直接感じられることです。LINEは国内で1億を超えるユーザーが日常的に使うサービスであり、Yahoo! JAPANと合わせると、日本人の生活のあらゆる場面に接点を持っています。

これだけの規模になると、データ活用の意思決定一つが、社会的な影響を持ちます。だからこそ、ガバナンスの設計も、活用の戦略も、どちらも手を抜けない。その緊張感と責任感が、私にとっては大きなやりがいです。

また、コンサルタントとして外から助言する立場から、当事者として設計し実行する立場に移ってきた私にとって、これだけの規模と社会的影響力を持つフィールドで、データ戦略を一から作れる機会は他にないと感じています。

データ活用を加速させる3つの柱。データマネジメント・AIガバナンス・人材育成

――佐々木潔さんから、CDOの引き継ぎが決まったときの思いを教えてください。

プレッシャーよりも、覚悟の方が大きかったです。旧LINE時代からCDO業務を部分的に担ってきた経験を生かして、データとAIの両面からユーザーに信頼される会社を作りたい。その思いを、今度は全社のCDOとして実現できる立場に立てたという意味で、身の引き締まる思いとともに、強いやりがいを感じました。

――新CDOとして、ご自身のミッションを一言で表すとどのようなものですか。

「信頼の基盤を、競争力に変える」ことです。

これまでLINEヤフーはデータガバナンスの体系を着実に構築してきました。今後はその基盤の上に立って、データとAIをより速く、より賢く使いこなし、それがユーザー体験やビジネスの成果として目に見える形で現れる状態を作っていく。守りで築いたものを、攻めの力に転換していくフェーズに入ったと捉えています。

――そのミッションを達成するために、具体的に注力されている領域を教えてください。

大きく3点あります。

1つ目は「データマネジメントの確立」です。1億を超えるユーザーが日常的に使うサービスで生まれるデータは、規模だけでなく、コミュニケーション・購買・決済という生活のあらゆる文脈を含んでいます。このデータを正確に、かつユーザーの期待を裏切らない形で整備することが、AIの判断精度を他社と決定的に差別化する土台になります。

2つ目は「AIガバナンスの確立」です。AI時代はスピードが格段に上がります。さまざまなステークホルダーと横断的に戦略を取り決めながら、そのスピードに耐えられるガバナンスの仕組みを作ることが、守りの中核だと考えています。

3つ目は「データ・AI人材の強化」です。AIを使いこなせる人材だけでは不十分で、AIのアウトプットを検証できる人、データ設計ができる人、リスクを見抜ける人が必要です。技術が進化するほど、それを扱う人間の判断力が問われます。

この3つは独立した取り組みではなく、データマネジメントの確立があってAIガバナンスが機能し、それを使いこなす人材がいて初めて「信頼の基盤を競争力に変える」というミッションが実現します。

椅子に腰掛けて穏やかな表情を見せる菅谷さんの写真。大きな窓を背景に、正面を向いて取材を受けている。

――AI時代を見据えて、データガバナンスとAIガバナンスの組織を統合したそうですね。その狙いを教えてください。

データとAIは、もはや切り離して考えられないフェーズに入ったというのが、統合の根本にある認識です。データガバナンスがなければAIは正しく動かせない。AIガバナンスがなければデータを安全に活用できない。この二つは本来、一体で設計されるべきものです。

これまでは組織が分かれていたことで、ルール作りや判断に時間がかかる場面もありました。統合によって、事業側からの相談に対してデータとAI両面の観点から即座に答えられる体制にしていきたいです。ルール作りも教育も一体で動かせることで、現場が安心して攻められる環境を、より速く構築できると考えています。

「先回り」のAIエージェント実現を支える、データの「攻め」と「守り」

――さきほど、AI時代にデータの重要性が高まっていく話がありました。具体的に、どう高まっていますか?

これまでのAIは、人が質問してはじめて答えを返す「受け身の存在」でした。しかしAIエージェントの時代になると、ユーザーの代わりに自律的に判断し、行動するAIが主役になります。この変化が、データに求める品質を根本から変えます。

判断を委ねる以上、AIが参照するデータに誤りや欠落があれば、ユーザーの期待する体験や結果を提供できなくなってしまいます。どのデータを、どの粒度で使うべきか、ログをどこまで残すか、ユーザーが入力する機微な情報をどう取り扱うか。こうした問いが、これまで以上に重要になってきます。

つまり、AIの精度はデータの質に直結する。だからこそ、データの活用とガバナンスは切り離せない一体のものとして考える必要があります。AIが高度になればなるほど、その土台を支えるデータの設計と管理が、競争力の源泉になると考えています。

――これまでの検索クエリや、LINEでのユーザー情報などと、AIエージェントでは「データ活用」の質も大きく変わってくるのでしょうか?

変わります。これまでのデータ活用は、検索クエリや行動ログから「このユーザーはおそらくこういう人だろう」という推定属性をベースにしていました。精度は高まってきていますが、あくまで間接的な推測です。

AIエージェントの世界では、ユーザーが自分の意思で情報を託すことが増えます。カレンダー、住所、家族構成など、これまで推定していた情報を、ユーザー自身が能動的に入力してくれる。これは、データの質が根本的に変わることを意味します。

ただ、だからこそガバナンスの重要性も増します。データが精緻になるほど、その取り扱いに対するユーザーの期待値も高くなる。同意を得た範囲でのみ活用すること、そのデータを安全な環境で管理することへの責任は、より重くなると考えています。攻めの可能性が広がる分、守りの設計も同時に高度化していく必要があります。

――LINEヤフーは「Agent i」を4月に発表しました。このAgent iにデータを上手に活用できると、どうユーザーのみなさんの生活に貢献できるのでしょう?

一言で言うと、「ユーザーが考える前に、日々の行動が心地よく前に進む」状態を作れると思っています。

例えば、スクショの画像から予定を見つけてカレンダー登録を先回りして提案したり、Web操作の手順をナビゲートしたりと、日常の断片的なデータを繋ぐことで次の行動をサポートできます。AIが全部を勝手にやってしまうのではなく、プライバシーをしっかり守りながら、人が心地よく動ける環境を整える

そうした世界観を通じて、ユーザーのみなさまに「これがあって良かった」と感じていただけるような、WOWな体験を届けていきたいと思っています。

観葉植物を背景に、右手を上げながら笑顔で話す菅谷さんの写真。インタビュー中のいきいきとした表情が写っている。

――海外の巨大企業や新興企業など、競合と比べてLINEヤフーの強みはどんなところにあると思いますか?

生活における接点の幅広さと、その組み合わせにあると思います。コミュニケーション、ニュース、ショッピング、決済、エンタメと、ユーザーの日常のあらゆる場面に接点を持っている。これは海外の巨大テック企業も、国内の新興サービスも、単体では持ちにくい構造です。

特にLINEのコミュニケーションデータと、Yahoo! JAPANの情報・購買データを組み合わせられる点は、私たちならではの強みです。「何を検索したか」だけでなく、「どんな公式アカウントをフォローしているか」「どのサービスをどのタイミングで使うか」といった行動の文脈まで加味した先読みの提案は、他社が簡単に追いつける領域ではありません。

さらに、日本のユーザーに長年寄り添ってきた信頼の蓄積も大きな資産です。AIエージェントの時代には、ユーザーが積極的にデータを預けてくれるかどうかが鍵になります。その同意と信頼を得られるかどうかは、技術力だけでなく、これまでの関係性の深さにかかっています。

――データの活用を「攻め」として実施する一方で、「データの守りも重要」とお話してきました。こうした攻めと守りのバランスはどう意識されていますか?

横断的なデータ活用を進めるうえで、各サービスのデータには契約上・法的な制約があります。ただ、その制約を「壁」として扱うのではなく、「ここまでは使える」という活用可能な範囲をガバナンス側が先に整理し、事業側が安心して踏み込めるようにすることを意識しています。守りが攻めの地図を描く、という考え方です。

AIの登場以降は、こうした判断を求められるスピードが格段に上がりました。そのため、ルールを作るだけでなく、現場がそのルールを自分ごととして使いこなせるよう、社内教育やガバナンス文化の醸成にも力を入れています。「なぜそのルールがあるのか」を理解している人材が増えることで、判断のスピードと質が両立できると考えています。

LINEヤフーは、ガバナンスに終わりはないと考えています。これまでの教訓を真摯に受け止め、政府や法規制と向き合いながらガバナンス体系を継続的に強化してきました。今後も向き合い続ける姿勢を示すことが、ユーザーからの信頼につながると信じています。

――LINEヤフーはどうガバナンスに力を入れているのでしょうか?

大きく3つの取り組みがあります。

一つ目は、「LY PIA(プライバシーインパクトアセスメント)」です。どんなプロダクトでも、リリース前にプライバシーをはじめとするユーザーの権利への配慮を人の目で厳しくチェックする仕組みで、コストをかけて運用しています。これは妥協せず続けていきたい取り組みです。

二つ目は、データガバナンスとAIガバナンスの組織統合です。先ほどお話したとおり、ルール作りと教育を一体で動かせる体制にしたことで、現場の判断スピードと品質を同時に高められるようにしていく狙いがあります。

三つ目は、政府・規制当局との継続的な対話です。法改正の動向を先取りしながらガバナンス体系を構築してきた実績は、LINEヤフーの大切な資産だと考えています。

PIAのプロセスにもAIを活用し、最終判断は人が担うという形でさらにスピードを上げています。ガバナンスを「ブレーキ」ではなく、安心して攻められるための「エンジン」にしていくことが目標です。

キーワードは「スピード10倍」。中長期で描く、LINEヤフーのデータ活用の姿

――中長期的なビジョンについてお伺いします。3年後、5年後にCDOとして成し遂げたいことは何でしょうか。

まず直近の目標は、全社的に掲げている「スピード10倍」です。品質を維持しながらデータを活用するスピードを引き上げること。ガバナンスをエンジンにしながら、意思決定と実行のサイクルを今より格段に速くしていきます。

3年のスパンで見ると、データの活用がLINEヤフーの競争力として、第三者の目にも明確に見える状態を目指しています。「Agent i」をはじめとするAIエージェントの領域で、ユーザーに実感できる価値を届けられているかどうかが、一つの指標になると思っています。

5年先に私が描くのは、LINEヤフーが単なる事業会社を超え、日本のAI社会における「信頼インフラ」として機能している状態です。ユーザーが自らの意思でデータを預け、AIが生活課題を先回りして解決する。その循環が社会に定着したとき、私たちのガバナンスとデータ基盤は、他社が10年かけても追いつけない構造的優位になっていると確信しています。

椅子に腰掛け、横向きで両手を使いながら説明する菅谷さんの写真。スタンドライトのある室内で、真剣な表情で語っている。

――さらにその先の未来として、どのような社会を描いていますか。

私が描く理想は、テクノロジーの存在を意識しなくても、生活がスムーズに流れていく社会です。現在はスマートフォンで複数のアプリを使い分けることが当たり前ですが、AIがインターフェースの中心になれば、その境界はやがて溶けていく。

そのとき、日常生活のあらゆる場面に寄り添ってきたLINEヤフーの横断的なデータが、大きな役割を果たせると思っています。ユーザーが何かを検索したり、手続きを調べたりしなくても、必要なことが自然と整っている。そういう社会を、私たちは作れる立場にあると考えています。

――その理想を実現するための、技術的な鍵を教えてください。

鍵は「プライバシーテック」だと考えています。今後の法改正の動向も踏まえると、この領域の重要性はますます高まっていきます。

例えば、データにノイズを加えて個人を特定できない状態で分析する技術や、データそのものを外部に出さずに分析結果だけを得る技術など、プライバシーを保護しながらデータ活用を最大化する手法が急速に発展しています。こうした技術を使いこなすことで、ガバナンスと活用を対立させずに、両方を同時に高いレベルで実現できるようになります。

利便性と信頼は両立できる。プライバシーテックはその証明になる技術だと思っています。それを体現することが、AIテックカンパニーとしてのLINEヤフーの挑戦です。

取材日:2026年6月15日
文:LINEヤフーストーリー編集部 撮影:猪又 直之
※本記事の内容は取材日時点のものです

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