料理のレシピに書かれた「塩少々」が、どれくらいなのか分からない。「タマネギをあめ色になるまで」と言われても、いつがその瞬間なのか判断できない――。
そんな日常の小さな困りごとに、一人ひとりの状況に合わせて寄り添うAIをつくりたいと話すのが、LINEヤフーでAI Agent統括SBUを率いる葭沢(あしざわ)です。
目指すのは、詳しい知識や複雑な指示がなくても、誰もが自然に使えるAIエージェント「Agent i」。一方で葭沢は、効率だけを追い求め、生活のすべてをAIに任せたいわけではないとも言います。
Agent i によって変えたい日常と、あえて残したい人間らしい時間とはどんなものか。サービスづくりへの思いと、その原点を聞きました。
日常生活の中には、ストレスや不自由を感じながらも、「そういうものだ」と受け入れていることがたくさんあると思います。
例えば、私もたまに家族のために料理をするのですが、それほど得意ではありません。冷蔵庫を開けて、家にある食材で何をつくれるか考える。子どもの給食と献立が重ならないようにしたいけど、前日の給食が何だったか分からない。提案されたレシピを見ても「塩少々」がどのくらいか、「タマネギがあめ色になったら」がいつなのかもよく分からないんです(笑)。
今は途中で分からなくなると、「デリバリーにしようか」、「コンビニへ行こうか」となってしまうこともあります。でも将来、カメラをフライパンに向けておけば、AIが「理想のあめ色になりました」「次は親指と人差し指で、このくらいの塩を入れてください」など、そのユーザーのレベルに合わせて、よりわかりやすく教えてくれるようになるかもしれません。
こうした、これまでは本人が頑張るしかなかった小さな負担を、AIエージェントが自然に支えられるようにしたい。ストレスだった時間が減り、ワクワクするような楽しいことや創造的なことに使えるご機嫌な時間が増えていく。そんなふうに日常の常識を変えていきたいですね。
私たちはAIエージェントを、「ユーザーの目的達成まで寄り添い、自律的にタスクを実行するサービス」と捉えています。
現在、AIは相談相手として使われることが増えました。ただ、日常生活の中で、自分のタスクを任せるところまで使っている方は、まだ多くありません。Agent i では、相談に答えるだけでなく、目的の達成までを支えたい。
日程調整もその一例です。友人同士のトークルームで「みんなで行こう」と話がまとまっても、誰かが幹事になり、全員に都合を聞き、返事がない人に声をかける必要がある。その間に、最初に返事をくれた人の予定が埋まってしまうこともある。AIエージェントが会話の流れを受けて候補日を出し、必要な調整を進められれば、誰か一人が負担を引き受けなくても予定を決められます。
私たちが目指しているのは、特別なプロンプトの知識がなくても、誰もがこうした体験を得られることです。AIを一部の詳しい人だけのものにせず、日常に寄り添うパートナーにしていきたいですね。
検索サービスを担当していたとき、生成AIの登場で、ユーザーの「探す」「調べる」という行動が、「AIに聞く」「AIから回答を得る」体験へ大きく変わっていくと感じました。そこで、Agent i の前身となるAIアシスタントを立ち上げた経緯があります。
その後、LINE側のAIサービスや、各サービスで進めていた検証を一つにまとめ、Agent i として組み直すことになりました。もともと検索の品質を高めるために、さまざまなサービスの担当者と議論し、連携してきたので、Agent i での取り組みもその延長線上にあります。
LINEのトークを使っているときや、Yahoo! JAPANでニュースを読んだり検索したりしているときに、自然にAIと接し、そのままエージェントとして利用できる。これは、LINEヤフーだからこそ実現できる体験です。
ただし、約1億人というユーザー接点を持っているだけで、他社との差別化ができるとは思っていません。その接点を生かして、どのような価値、UX(ユーザー体験)を提供できるかが重要です。
例えば、LINE公式アカウントを通じて、ユーザーは100万を超える企業や店舗とつながることができます。店舗の正確な情報を参照して案内するだけでなく、その先の予約や、購入した商品の問い合わせまでつなげられれば、ユーザーの目的達成を、途中で行き来することなく、最後までスムーズに支えられます。
また、Agent i は、独立したサービスとして指名して使うだけではありません。LINEのトークルームなど、普段使っているサービスの中にも組み込まれていきます。AIを使うために別のアプリを立ち上げ、結果をコピーして戻ってくるのではなく、いつもの場所で自然に呼び出せる。こうした体験を磨き続けることが、LINEヤフーならではの強みになると考えています。
大きく二つの柱があります。一つは、ユーザーに価値を届ける多様なエージェントを生み出すこと。もう一つは、エージェントに共通して必要となるメモリや、依頼されたタスクを継続して実行するための基盤を整えることです。
エージェントがたくさんあれば、それだけで良い体験になるわけではありません。大切なのは、それぞれのエージェントが連携し、ユーザーを継続的に支えられること。例えば、あるエージェントに伝えた好みや過去の相談内容を、別の場面でも活かせれば、ユーザーは毎回同じ説明をしなくて済みます。また、「条件に合う情報が見つかったら知らせて」と一度頼めば、その後はエージェントが継続して探し、必要なタイミングで知らせてくれる。こうした体験をどのサービスでも提供できるよう、メモリやタスク実行のための共通の基盤を整えています。それによって、社員のアイデアを素早くサービスとして形にできるようにもなります。
ありますね。すでに発表したレシピやファイナンス、LINEでの日程調整などのエージェントには、比較的年次の浅い社員が自ら手をあげ、プロダクトマネージャーとして企画を進めたものがあります。アイデアとモチベーションのある人から、良いものがどんどん生まれています。
LINEヤフーが発足してからも、新しく世に出るサービスには、Yahoo! JAPANかLINE、どちらかを起点とするものが多くありました。Agent i は、そのどちらでもない、LINEヤフーとして生み出したブランドです。旧会社の区別や所属にとらわれず、さまざまなバックグラウンドの社員が混ざり合ったチームで企画を進めている。統合によって目指していた、新しいサービスづくりが、いよいよ形になり始めていると感じます。
基本的には、「間違ってでも早く決める」ことです。誰にも正解が分からない状況で、決まらないことで立ち止まる時間を、できる限りなくしたいと思っています。
ただし、早く決めるだけでは十分ではありません。何を決め、何がまだ決まっていないのか。なぜ今はこの選択をし、どの条件になれば別の選択へ変えるのか。意思決定の背景まで、メンバーや関係者に伝えることが大切です。
一度決めたことが間違いだと分かれば、変えればいい。その可能性も含めて共有しておけば、メンバーは不透明さに悩むのではなく、良いものをつくることに力を注げます。意思決定が、現場のスピードを止めるボトルネックにならない状態をつくる。それが私の役割だと思っています。
良いプロダクトができ、それをユーザーに届けて反応が見える瞬間は、今でも緊張しますし、ワクワクします。サービスづくりでは、交渉が難航することも、うまくいかないことも、時にはトラブルもあります。
それをチームで解決していく過程そのものに、私は面白さを感じています。これは、担当するサービスや役割が変わっても、入社以来あまり変わっていません。
各サービスの責任者だけでなく、社員が自ら手をあげて立ち上げたタスクフォースとも連携しています。私の役割の一つは、意欲とアイデアのある社員が、ユーザーにとって価値あるエージェントを形にしていくことを後押しすること。これもまた楽しいですし、ワクワクしますよ。
私は音楽、レコードが好きで、同じ作品でも数多く存在する版の中から、発売当初のオリジナル盤を探すことがあります。そこで、アーティスト名を入力すると、評価の高い作品とオリジナル盤の細かな仕様を、決まった形式で返すエージェントを自分でつくりました。
欲しいレコードの再発売情報を、毎週確認するエージェントも使っています。限定数で発売され、予約を逃すと価格が大きく上がることもあるので、以前は公式サイトなどを何度も確認していました。今は、情報が更新されたときに知らせてくれる。繰り返していた作業を任せられるようになり、とても便利になりました。
一方で、どれだけ賢いエージェントが次に読む本や聴く音楽を提案してくれるようになっても、私はこれからも本屋やレコード店を歩き回るでしょう。探す途中で、思いがけない作品に出会うことや、自分で見つけたときの喜び、いわゆるセレンディピティは、私にとってかけがえのない時間だからです。
料理でも同じです。冷蔵庫の中身や子どもの給食をAIが把握し、最適な献立を出してくれれば、失敗は減るでしょう。でも、「昨日の給食は何だった?」「献立表はどこにある?」と家族で話す、一見非効率な時間から生まれるコミュニケーションもある。個人的には、効率だけを求めて、そうした時間がすべてなくなる社会が理想とは思えません。
そうですね。自分はAIとどう関わりたいのか、どこを任せ、どこは任せたくないのか。それは、一人ひとりが決めていけばいいと思います。「休日はAIを使わない」という選択も、週に一度だけ話し相手になってもらうという使い方も、どちらも良い。
毎回、無駄のない要点だけを3行で返してほしい人もいれば、少しの寄り道やサプライズなど、会話の中で思いがけない提案をしてほしい人もいる。Agent i がユーザーを一つの使い方へ導くのではなく、その人にとって心地よい距離や振る舞いを学び、一人ひとりの最も心地よいパートナー、バディに育っていく。それがAgent i だからこそ実現できる体験だと考えています。
私たちは、AIが日常生活を効率良く回すだけの未来をつくりたいのではありません。AIと一緒にいることで、一人ひとりの生活がより楽しく、感情豊かになる。そして、ユーザー一人ひとりが色のある、カラフルで感情豊かな生活を送れる社会。
Agent i が広がった先に、そんな未来を実現できたら、「つくってよかった」と思えるはずです。
取材日:2026年7月13日
文:LINEヤフーストーリー編集部 撮影:猪又 直之
※本記事の内容は取材日時点のものです
